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製造装置のSMICへの禁輸、車載半導体優先要請できない米商務省のジレンマ

SMICへの半導体製造装置の輸出は実は禁止されていない。同社への米国製半導体製造装置の輸出は全面禁止されたと多くの方が思っておられるようだが、これは事実ではない。実際はどうかというと、中国への米国製半導体製造装置は、SMICを含めて、事実上、何の問題もなく輸出されており、そのおかげで、今や世界最大の半導体製造装置市場となった中国での売上が急騰し、米国製造装置メーカー各社は、今年に入り史上最高の月次売上を更新し続けている。

米国商務省産業安全保障局(BIS)は、中国のファウンドリ最大手SMICをエンティティリスト(注1)に追加した、と昨年12月18日(米国時間)に発表した。BISによると、今回の措置はSMICと中国の軍産複合体活動の関係を示す確固たる証拠に由来しており、米国の国家安全保障を保護するための措置だという。

それに先立ち、商務省は昨年9月、米国の主要半導体装置・材料メーカーに対して、SMICへ出荷する場合には事前に許可(ライセンス)を得るように書簡を送っていた。次いで12月に米国防総省が、SMICを「共産中国軍事企業」に指定し、さらに商務省が追い打ちをかけるように最も規制の度合いが強いエンティティリストに追加した。

同社への米国製半導体製造装置の輸出は全面禁止されたと多くの方が思っておられるようだが、これは事実ではない。実際はどうかというと、中国への米国製半導体製造装置は、SMICを含めて、事実上、何の問題もなく輸出されており、そのおかげで、今や世界最大の半導体製造装置市場となった中国での売上が急騰し、米国製造装置メーカー各社は、今年に入り史上最高の月次売上を更新し続けている。

10nm以下の技術の装置は輸出禁止

米国商務省の声明にはHuaweiのエンティティリスト記載による制裁について以下のように記してある。(参考資料1);
「The Entity List designation limits SMIC’s ability to acquire certain U.S. technology by requiring U.S. exporters to apply for a license to sell to the company. Items uniquely required to produce semiconductors at advanced technology nodes—10 nanometers or below—will be subject to a presumption of denial to prevent such key enabling technology from supporting China’s military-civil fusion efforts.」
(意訳)米国政府はSMICをエンティティリスト記載企業として指定することにより、同社が特定の米国技術を取得することを制限することにした。SMICに販売を希望する輸出業者はライセンス(輸出許可証)の申請を行うことを米国商務省は要求する。 10nm以下の高度な技術ノードで半導体を製造するために必要な技術や装置が、中国の軍民一体の取り組みを支援することがないように輸出を許可しない見込みである。

ということで、SMICへの輸出が禁止されているのは、10nm以下の微細化デバイスを作るための製造装置や技術だけであり、SMICはそのような微細化デバイスは、いままで全く製造してこなかったし、製造できる工場も所有していないので、将来はともかく、今のところ、事実上規制がかかっていないも同然だ。世界規模の半導体製造装置業界団体であるSEMIは、かねてよりほかの業界団体とともに、自由貿易を阻害するすべての輸出規制に反対を表明し、首都ワシントンでロビー活動を続けている。

米国の制裁は中国の半導体製造装置の自給自足を促進する

SMICが、将来、10nm以下のプロセスを採用しようとすると支障が発生しようが、同社は、14nmからさらに1桁台へ向かう微細化戦略を当面あきらめて、ムーアの法則に逆らって28nm及びそれ以上のレガシープロセス路線へ逆戻りしている。

SMICは、現在、深センで同市政府と共同で23億5000万ドル(約2600億円)を出資し、28nmプロセスを使った300mm工場(生産能力は月産4万枚)の建設を始めているが、今のところ米国の規制を受けずに米国製製造装置を入手できるとしている。

しかし、SMICは、決して将来の微細化をあきらめたわけではなく、ベルギーimecキャンパスにあるEUV露光装置を使って5nm目指した微細化の研究をしているとうわさされてはいるが、これに対して米国の規制は及ばない。いずれ、時間がたてば、中国でも製造装置メーカーが育つのを見越しているのかもしれない。事実、中国の最先進半導体製造装置メーカー、中微半導体設備(AMEC)は、米Applied Materials/Lam Research勤務経験のある経営陣のもとで、すでに7/5nmプロセス対応エッチング装置を開発し、販売しており、武漢の3D NANDフラッシュメーカーYMTCへの納入実績があり、台湾TSMCからも5nmプロセス対応機種として認定されているという。中国には、米国帰りの半導体・装置技術者が多数おり、彼らの活躍を中国政府は期待し、支援している。

ちなみに、TSMCがエンティティリスト記載後の2021年第1四半期の売上高は前年比22%も増えただけではなく、同社の米国への出荷比率は、前期より2ポイント増加して28%へ上昇したという。つまり、Qualcommはじめ米国半導体ファブレスから以前にも増して生産受注しているということである(参考資料2)。

商務省による「車載半導体製造優先」要請もトーンダウン

話は変わるが。商務省による台湾ファウンドリへの車載半導体製造優先要請が急にトーンダウンしてしまった。こちらも産業界の反対に遭遇した模様である。レモンド商務長官は半導体業界、自動車業界、ハイテクIT業界の経営幹部とさる5月20日に半導体不足の対策会議を開いた。今回の会議に招かれた企業は、台TSMC、韓Samsung Electronics、米GlobalFoundries、米Qualcomm 、米Apple、米Google、米Ford Motor、米General Motors, 米AT&A、米Cisco Systems, 米Verizon Communicationsなど。

レモンド長官は、いままで台湾のファウンドリに対し、米自動車メーカーへの半導体供給を優先するよう働き掛けを行ってきたようだが、今回はそれには触れずに、「現在、半導体サプライチェーンでの透明性が不足している。私たちは、情報の共有を強化するために、政府が行うべき役割を探している」と述べたという。

現在、世界中の半導体ファウンドリはフル稼働状態にあり、仮に車載半導体を優先しようとすると、それ以外の用途の半導体製造が大幅に遅れてしまい、半導体を搭載した最終製品の大幅な出荷遅れをきたしてしまい、他産業は著しい迷惑をかけることになってしまう。商務省も他産業(米国にとってドル箱の成長著しいIT産業)をさておき、ラストベルト(さび付いた古色蒼然の工業地帯)の斜陽自動車産業だけ優遇すれば、成長産業から苦情が出るので、車載半導体不足に関して短期的な解決策は見いだせずにいる。

そもそも車載半導体不足は、トヨタ自動車発祥の「在庫を極端まで減らす生産方式(Just-in-Time)」が主流の自動車業界各社が、昨年初めに新型コロナウイルス蔓延の兆しが見えた段階で車載半導体の注文をまっ先にキャンセルして半導体メーカーを狼狽させたことに端を発している。米国政府は、「サプライチェーン全体における在庫の確保」や「サプライチェーンの透明性を向上させるための見える化」など全産業の共通課題を今後協議していくという。

なお、本稿は5月末時点の最新情報に基づいておりますが、事態は流動的で、その後情勢が変化している可能性があります。


1. エンティティリスト:米国商務省産業安全保障局(BIS)が、輸出管理法に基づき、国家安全保障や人権侵害や外交政策上などの懸念があるとして指定したいわばブラック企業のリスト。このリストに掲載された海外企業に商品やソフトウエアや技術を輸出する場合は商務省のライセンス(輸出許可証)が必要で、申請は原則却下されると言われている。商務省は決して禁輸という言葉は使うことなく、ライセンスの請求を義務付けている。

参考資料
1. Addition of Entities to the Entity List, Revision of Entry on the Entity List, and Removal of Entities From the Entity List 米国商務省のHuawei制裁声明文の一部、米国官報Federal Register (2020/12/22)
2. 服部毅:「2021年第1四半期のSMICの売上高は前年同期比22%増、米国向け出荷が増加」 マイナビニュースTECH+ (2021/05/24)

Hattori Consulting International代表 服部毅

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