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ルネサスがIDTを買収する?

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ルネサスエレクトロニクスが米国の中堅半導体企業であるIDTを買収する方針を固め、最終交渉に入った、と日本経済新聞が9月1日に報じた。続く2日の日曜日には「米IDT、半導体「ヒトの五感担う」ルネサスが買収 自動運転や室内CO2感知」とその狙いまで報道した。なぜIDTなのか、これまでIDTを取材してきた筆者には理解できない。

ルネサスがI(アイ)のつく半導体会社を買収したがっている、という話を聞きつけたのは今から2カ月前。それも日経が追いかけている、という話だった。Iという半導体企業でルネサスが買える規模の会社だとIDT(Integrated Device Technology)しかない。しかしIDTは、タイミング・クロック製品に力を入れているファブレス半導体企業だ。ルネサスとは製品ポートフォリオや市場が全く離れすぎており、相乗効果は期待できない、と考えていた。念のためGSA(Global Semiconductor Alliance)の会員名簿をチェックしてみてルネサスが買える企業を調べてみたが、IDTしかいない。

IDTはどのような会社か。主力製品は、タイミングジェネレータやクロック制御ICであり(参考資料1)、最近はスマートフォンやスマートウォッチのようなウェアラブル製品をワイヤレス充電するためのIC(参考資料23)に力を入れていた。どちらもルネサスの得意とする自動車用のマイコンや工業用マイコンやICをカバーするような製品との補完関係はない。その他、流量センサやガスセンサ、湿度センサなどのセンサ製品やRF製品も提供している。

IDTのタイミング・クロック製品は、特にジッターが1ps未満と小さく、正確な時を刻む用途に使われている。このためスーパーコンピュータやメインフレームなどのハイエンドコンピュータ(HPC)を必要とするデータセンターや、高速データレートが欠かせない通信スイッチのような基幹システムの基地局、といった超ハイエンド市場に使われている。クロック関係の製品には、オシレータやクロックジェネレータ、ジッターアッテネーター、クロック分配器ICなどタイミングやクロックに関する製品が充実している。

また最近力を入れてきたワイヤレス充電ICは、15Wの急速充電を可能とするICで、世界標準規格のQiに準拠しており、これもすでにスマホやスマートウォッチに入っている。市場は民生だ。民生では、液晶テレビ向けのフレームレート変換ICを設計しており(参考資料4)、この分野もルネサスの狙う市場とは補完関係にない。

ルネサスと相補的な関係が築ける製品はせいぜいセンサだけ。9月2日の日経は、センサ製品について報道していたが、IDTはセンサ製品にそれほど強くない。むしろ、センサ製品に特化しているオーストリアのIDM(垂直統合型の半導体製造メーカー)のams社の方がルネサスに向いている。自動車だけではなく産業向けの市場はルネサスの得意とするところだが、ルネサスはセンサ事業を得意としないからだ。どうしてもIDTが欲しいならセンサ部門だけを買収すればよいはずだ。

IDTの最新の財務レポートでは、製品分野のハイライトについて述べているが、その優先順位は、タイミング製品を中心とするデータセンター/HPC(いわゆるスパコン)&通信インフラ部門、ワイヤレス充電の民生部門、そして最後に自動車・産業部門となっている。この順はIDTの強さの順でもある。

では、IDTの財務状況はどうか。世界的に半導体がブームになっている今、2018年4月末を期日とする2018年度の売上額は8億4280万ドル、GAAP(米国会計基準)ベースの純損益は1210万ドルの赤字である。IDTは今年度、日本法人の社員をリストラしており、順調な業績とは言えない。

強いてルネサスとの補完関係を築ける分野を挙げれば、タイミング製品でTSN(Time Sensitive Network)分野かもしれない。TNSは、Ethernetをベースに工場内や機器内のIoTデバイスを接続、その同期的な動作が必須の未来に向けたテクノロジーである(参考資料5)。すでに米国では産業用に加え、送電網の電力の同期性を実現する実験が行われているが、これから期待できる技術といえる。ただし、すぐにはビジネスにつながらない。実現は5〜10年先になるだろう。ルネサスがどのような目的と方向でIDTを買収するのか、いくら想像力を巡らせても筆者のアタマでは理解できない。

参考資料
1. 製品化相次ぐハードウエアのプログラマブルIC〜EuroAsia2013から(1) (2013/10/29)
2. ワイヤレス充電の普及に尽くすWPC、ロームが強いサポート (2016/04/14)
3. 新応用を切り拓くパワーマネジメントIC〜EuroAsia (4) (2014/11/27)
4. IDTのフレーム速度変換ICは動き検出・補正・フレーム補間のアルゴリズムがカギ (2010/08/27)
5. NIWeek 2017、コンバージェンスが進むIoT・AI・ADAS・5G・クラウド (2017/05/26)

(2018/09/03)

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