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日本の半導体を世界一に育て上げた西澤潤一氏逝去

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元東北大学教授で学長も務められた西澤潤一氏が10月21日に死去されたことがわかった。告別式を済ませた後の27日に新聞各紙が一斉に報道した。西澤氏はpinダイオードや静電誘導トランジスタなどの発明が採り上げられるが、彼の業績は半導体エンジニアを育てたことが最大の功績だと思う。

半導体レーザーや光ファイバの提案なども含め、西澤氏が関わってきた半導体デバイスそのものは産業的に主流のシリコンCMOS LSIではないが、半導体デバイスを通して、エンジニアを育てる一流の教育者であった。西澤研究室出身で最も有名なエンジニアは、東芝でフラッシュメモリを発明した舛岡富士雄氏だろう。1980年代中頃のIEDM(International Electron Device Meeting)で、彼はNORフラッシュ、さらにNANDフラッシュを発表した。その基本特許を取得しながら、なかなか東芝が商品化のゴーサインを出さないことにイラついていた思い出がある。舛岡氏にインタビューしたMcGraw-Hill社発行のElectronics誌の記事では、舛岡氏のフラッシュメモリに対するインテル社の否定的なコメントが掲載されたが、1年後インテルは世界最初のフラッシュメモリを製品化した。その後、フラッシュメモリは東芝に数兆円もの収益をもたらす巨大な製品となっている。

西澤研究室出身のエンジニアは、東芝だけではない。かつてNECのエリートエンジニアで、セミコンポータルのブロガーの一人でもある鴨志田元孝氏も西澤研出身者である。日立製作所でSRAM開発を手掛け東北大学に移ってからTSVによる3D-ICを提案した小柳光正氏も西澤研出身者だ。東芝、NEC、日立と日本の半導体をリードしてきた企業のエンジニアには学会などで著名なエンジニアだけではない。学会などに登場しないプロセスのキーマンも多い。また、西澤教授の元で技術から特許まで全てを支えた大見忠弘氏(当時は助教授で、2016年に亡くなられた)もまた半導体の超大物だった。企業で歩留まりが上がらないと聞くと、クリーンルームのあるべき姿を提示し、実際にそれを構築して見せた。米国の学会でも、「癖の強いアクセントの英語ながら、聴衆みんなが大見氏の言葉に耳を傾けた」という記事がSemiconductor International誌に掲載され、インテルの製造歩留まりを大きく上げたと報じられた。

日本の半導体産業に貢献したのは西澤研関連のエンジニアだけではない。半導体エンジニアの人脈形成にも西澤氏は尽力された。毎年夏、山形県蔵王温泉のホテルで3泊4日、「半導体専門講習会」という名称の半導体エンジニアの合宿を行った。ここには日本中から東芝、NEC、日立、三菱電機、富士通、松下電器産業など名だたる半導体エンジニアが集結した。

昼間は、特定の技術テーマで各社のエンジニアが講演し、それに対して活発なQ&Aが行われた。そのやり取りは録音され、のちに書籍「超LSI」という書名で工業調査会から出版された。西澤研究室全員でその半導体合宿を支援した。東芝の柏木正弘氏、三菱電機の塚本克博氏(のちのルネサス社長・会長)、日立の小切間正彦氏などが講師となり、ディスカッションの口火を切った。

和室の部屋には4人一組が泊まれるようにセットされ、同じ会社のエンジニアが同じ部屋にならないように配慮してくれた。一つの部屋だけでも名刺交換して顔なじみになるが、さらに部屋を超えて、ディスカッションが夜になるとどこからともなく始まる。温泉に入り風呂の中で半導体のディスカッションをし始め、風呂から上がると、その続きが一つの部屋で始まる。そして次第にエンジニアの輪ができる。企業間の垣根を超えたディスカッションを日夜繰り返していた。これは、今のシリコンバレーで日常的に行われていることと同じである。

ビールやウィスキーはあるが、酒を楽しむというよりディスカッションを楽しむという雰囲気だった。腹を割って議論するため、筆者のような外野にはわからない隠語が飛び出す。「レジストの反射をどうしてる?」とか「リソのあれは、解決した?」といった言葉が飛び交う。エンジニアの交流は日本の半導体を強くした。企業はライバル会社だが、エンジニア同士は仲間のようだった。もちろん、ノウハウには触れないが、企業の考え方、取り組み方など他社の動向がわかり、日本全体の半導体レベルは非常に上がった。1980年代後半のバブル経済と相まって、日本の半導体はトップ10社の中に5〜6社は常にいた。

この時代を支える企業のエンジニアを育てたという大仕事も西澤氏の賜物である。日本の半導体を世界一に押し上げたといっても過言ではないだろう。合掌。

(2018/10/29)

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