国家ビジョンなき半導体政策では日本を救えない:まず何をすべきか
経済産業省の梶山弘志大臣は「半導体は国家の命運を握る」とか「半導体の失われた30年の反省を踏まえて大きく政策転換を図る」 とか勇ましい発言を繰り返している。何を反省したかというと、「従来の自前主義を改めて、海外勢と共同で国内に開発製造拠点を作る」(自民党半導体戦略推進議員連盟会長甘利明氏)という。しかし、今までだって国家プロジェクトやコンソーシアムに外国半導体企業を入れてみたけれども成果に結びつかなかったどころか、成果を持ち去られただけで、肝心の日本では研究の目標だった先端プロセスやEUVリソグラフィをロジック半導体製造で活用できず仕舞いだった。
つくばのスーパークリーンルーム(図1)活用策の一環として、半導体先端研究で成果を上げ続けるベルギーimecを日本に誘致して産総研との共同研究組織を設立して成果の上がらない国家プロジェクトを成功に導びこうという動きが水面下であったが、その計画は先方と最終合意に至らず実現しなかった。
日本の売上高シェアが4%しかないTSMC(参考資料1)は、よほどインセンティブでもない限り、日本に進出しないだろうが、仮に誘致できたとして、それで日本の半導体産業がどのように復興するのか著者は理解できない。ファウンドリ最大の顧客であるAppleや世界有数のファブレスがひしめく米国とガラケーも家電も風前の灯で閑古鳥が鳴く日本とでは事情が全く異なる。ファウンドリ誘致の前に、むしろファブレスベンチャーや教育機関の人材育成にこそ注力すべきではないかと著者は考えている(参考資料2)。この点で、非メモリ分野を強化して「総合半導体強国」をめざす韓国文大統領が本年5月に発表した2030年に向けた「K−半導体戦略」のシステムLSI 半導体強化策は参考になるであろう(参考資料3)。
図1 ポスト5G基金を活用した先端半導体の製造技術開発事業採択テーマ概要紹介図面 産総研スーパークリーンルームの写真がなぜか大きく載っている 出典:経済産業省ウェブサイト公開資料、2021年6月
日本は一体どんな国を目指すのか
失われた30年を急にV字回復させることはできない。30年の反省もなく(あるいは的外れの反省をして)、その場しのぎとしか思えないような補助金小出しの施策では日本半導体産業は救えない。まずは、国家ビジョンを明確化し、長期的な国家戦略立案が必要だ。NHKの有名な特番「電子立国日本の自叙伝」の影響で、かつて「電子立国」という言葉がはやり、最近は「観光立国」という言葉も聞かれるようになったが、まずは日本は一体どんな国を目指すのか、目標を再定義し、それを出発点とすべきであろう。
残念ながら、半導体や電子機器担当の経産官僚は、半導体と全く無関係の部署から異動してきてわずか数年で他部署に異動していく高度成長時代向けの悪しき仕組みの中で、在任期間中に成果を上げようとして、ASPLAはじめ様々な愚策を連発し、民間企業も付き合い程度に渋々従って来た。共同研究で各社の費用大幅削減という触れ込みとは裏腹にそんなゼロベースの合議制共同研究の成果は期待せず、各社は2重投資で負担増しとなっただけだ。こんなことを繰り返していては失われた30年はやがて40年になるだけだろう。
この件に関して、10年以上前に元内閣府総合科学技術会議委員(日立製作所副会長、日立マクセル、日立電線、日立国際電気の会長を歴任)の桑原洋氏の講演が、著者の記憶によみがえってきた。当時の記録をもとに講演を再現することにより、読者の皆様が国家プロジェクトのあり方について考える参考にしていただきたい(参考資料4)。
産官学連携プロジェクトは成果を上げていない
2009年5月27日につくば国際会議場(茨城県つくば市)で開催されたSelete Symposium 2009の基調講演で、桑原氏は、開口一番、「今まで、産官学連携はどれも成果が上がっていない。こんなことでは、日本経済の将来に楽しみは全くない」と言い切った。
「これからの科学技術のあり方を考える際、その研究が日本の産業の隆盛をもたらすかどうかが重要視点である。つまり、日本の産業の出口を重視しなければならない。売上と利益、生産性、持続性というごく当り前のことが産官学のプロジェクトには欠落している」、「何をやるかを議論する前に、産業の今後のあり方、目指す姿を先行思考すべきである」とした上で、産官学提携に関しては、「日本の知恵の結集が必要ではあるが、その実展開の中で必要に応じて産官学提携を進めるべきである。産官学提携ありきでそこから何かを創生しようとする従来のやり方では日本は世界に勝てない」と述べた。
最強の半導体ファブ構築か、さもなければ利用に徹するか
「今後、半導体、ナノテクノロジー、MEMSをどうするか? 上述の視点から答えを引き出さねばならない」と前置きして、桑原氏は以下のような思考例を示した。
「半導体産業を1980年代のような活性化にもって行きたいのか? そうであるならば、モノ作りに徹する、競争力のある『ダルだが世界最強の半導体ファブ構築』が1つの答えである。そのためには、新たに大きな努力が必要である。欠けているものが山ほどある。とてもトップ集団に追いつけそうにない。勝つためのストーリーも作れそうにない」、「そうであるならば、割り切って、半導体製造は他国に譲って、そのような世界最強のファブの利用者に徹するか。このように割り切ってしまうのがもう1つの答えである。この場合、競争力の原点は他に求めることになる。日本のみならず世界へ向けて売れる製品を作らなければならない。日本の半導体メーカーは、言われたものを作ってきただけで、半導体のプロとして世界で売れるモノを作ってきたわけではない。だからこれも難しそうだ。よって、2つの答えが対峙したままで、答えが出せない状態だ」。
ナノテクノロジーやMEMSも答えが出ず
「ナノテクやMEMSはどうか。半導体と同じ状況である上、事業規模が小さすぎるため各社は設備投資しても十分なリターンが得られない。ならば、束になって世界最強のナノファブに徹するのも一考だ。そのためには、それなりの覚悟が必要だ。卓越したモノ作り技術開発と継続した投資に加え、世界中から十分な受注を獲得する能力であるマーケッティング力が必須である」、「それが無理なら、同分野を応用したシステムを考えて、使い手として儲けることに徹することになる。そのためにもマーケティング力は必須である」と、この分野も半導体同様の状況に陥っている」と述べた。
さらに、「(産総研が持てあまし気味の)つくばの巨大スーパークリーンルーム(SCR)を有効活用するためのナノプラザ構想が進行しているようだが、SCRを使うことが目的化してしまっては本末転倒だ。半導体の産官学連携は無理だから今度はナノテクにしようというような考えでは、半導体の場合と同様、成果は上げられない」と厳しい見方を示した。桑原氏は、原点に戻ってまずは国家としての目標、そして産業が目指すべき方向を明確にすることから始めるべきだと強調した。
図2 日本半導体産業の凋落・衰退 出典:経済産業省ウェブサイト公開資料、2021年
桑原氏が2009年に提起した問いに明確な答えを出せぬまま10年以上経過した。この間にも日本の半導体産業の世界シェアは25%から数%へ落ちてしまった。経産省は、このままでは10年後にはゼロになるのではないかと危機感を強めている(図2)。著者は、10年以上前、この講演の紹介記事(参考資料4)を「答えが出ぬままでは、日の丸半導体は漂流か沈没しかないだろう」と締めくくった。「失われた30年」がやがて40年にならぬように皆で答えを出さねばならない。
参考資料
1. TSMC 4Q20 Quarterly Management Report (2021/01/14)
2. 津田建二、「経済産業省がまとめた半導体戦略を読む」に寄せた筆者のコメント、セミコンポータル ,(2021/06/7)
3. 服部毅、「韓国政府、『K-半導体戦略』の実施に向けた10年計画を発表」、マイナビニュースTECH+、(2021/06/16)
4. 服部毅、「巻頭言:成果上がらぬ産官学連携、半導体製造撤退も選択肢の1つ」、月刊Electronic Journal (廃刊)、p.21、2009年6月号