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現実味帯びてきたTSMCの日本ファブ計画、果たして半導体復興につながるのか

台TSMCは、受託製造は台湾で行うという基本方針を抜本的に変更して、グローバルに工場展開する方向で戦略を練り直し始めたようだ。その背景には、ファウンドリ事業再参入のインテルの敵意むき出しの侵攻準備だけではなく、世界的な半導体不足を背景に、地政学上、各国が海峡問題を抱える台湾への過度の依存を改めて、安全保障上、自国内にサプライチェーンを構築して自給自足を行おうという動きが急速に強まった状況の変化がある。半導体製造における台湾の圧倒的な地位に暗雲が漂い始めている。

筆者は、去る7月15日に開催されたTSMCの第2四半期決算発表に関する投資家向け電話会議(参考資料1)を取材したので、新聞には簡単にしか紹介されてはいない同社Liu会長(図1)の「海外進出の基本方針」と「日本進出」に関する発言を生の声として詳しく紹介しよう。


図1 7月にTSMC会長に再任されたMark Liu氏

図1 7月にTSMC会長に再任されたMark Liu 氏


TSMCトップが日本及び世界進出についてついに重い口を開く

Liu会長は、まず、TSMCの基本的な姿勢として、「今後とも、グローバルロジックIC業界の信頼できる技術と生産能力プロバイダとして存在し続けることがTSMCの使命である。私たちは顧客と決して競争はしない。顧客のビジネスの成功を可能にすることで、自分たちのビジネスを成長させていく。私たちは、業界をリードする技術を提供することで、世界で最も大きなロジック生産能力と効率的で費用対効果の高い価値を提供する」と述べた。

さらに、Liu会長は、「当社のグローバルな製造拡大戦略は、次の4つを考慮して決めることにしている」と述べた。
1) 顧客のニーズ、
2) ビジネスチャンス、
3) ファブのオペ江レーション効率、
4) 製造コストの経済性

さらに、「海外半導体工場は、台湾での製造コストより高くなってしまうが、コストギャップを最小限に抑えるように(進出先の)政府と交渉する。そして最終的にウェーハ価格を決めるために(つまり値上げについて)顧客と緊密に交渉する。TSMCは、グローバルに製造拠点を拡大することにより、グローバルな人材も獲得でき、顧客により良いサービスを提供できると考えている」と話した。

そして、製造拠点の世界展開に関しては、「近年、半導体インフラのセキュリティのニーズが高まる中、グローバルな製造拠点を拡大することにより、当社の競争優位性を強化し、新しい地政学的環境において顧客により良いサービスを提供する」として、台湾、米国、中国の順に生産能力拡大計画を具体的に紹介した。

Liu氏は、日本進出に言及しなかったので、投資家から次のような質問が出た。
「日本に設立した研究センター(注1)で20社以上の日本企業と協業するとマスコミで伝えられているが事実か。 この件で御社及びこれら日本企業の役割と責任は何か。 研究だけではなくで、3D ICパッケージング(実装)の量産を日本で行う計画はあるか。 さらに、日本でファウンドリビジネスを行うために、日本国内に前工程(ウェーハ処理)ファブを建設する予定はあるか」。

日本に特殊技術の前工程工場建設を検討していることを始めて公言

TSMC CEOのC. C. Wei 氏は次のように回答した。「まず、20社以上の日本企業が参画するというのは事実である。 役割と責任に関しては、TSMCが主体となって、これら全てのパートナーを技術面で統合する責任を負う。 これにより、TSMCの3D ICや日本のパートナーの先進素材技術や最先端基板技術を統合して、最先端のパッケージング技術開発を成功させられる。将来のHPC(高性能コンピュ―ティング)に必要なすべての技術を結集する」。

さらにWei氏は次のように続けた。「3D ICを日本で量産する計画はあるのかという質問については『今のところ私たちの計画には入っていない』というのが答えである。最後の質問である日本における前工程ファブについては、私たちは従来からあらゆる可能性は排除しないで検討を行うという方針に変わりはない。 日本にファブを建設するかどうかについては現在Due Diligence (詳細な事前調査検討)の段階にあるということは明言できる」。

半導体の供給不足に関する質問も出た。「最先端28nmクラスの半導体製品が世界的に不足しているということだが、中国工場(南京のTSMC Fab16)以外に投資計画はあるか。そして、それはすでに発表された1,000億米ドル規模の3ヵ年設備投資予算にどのような影響を与えるか?」

Liu会長は次のように答えた。「いくつかの海外進出プロジェクトが計画段階にあるのは事実である。 日本での工場建設の機会も社内の検討から排除してはいない。 Wei CEOが言ったように、日本に特殊技術(Specialty Technology)の半導体工場を建てる調査検討段階にある。 しかし、もちろん結論を公表するにはまだ早すぎる。現在検討段階の計画は、私たちがすでに発表している今後3年間の1000億ドル規模の投資額には含まれていない」。

ドイツ進出も検討、日本側とは毎週高すぎる製造コスト対策を協議中

以上が、7月15日時点でのTSMCトップの発言であるが、7月26日に開催された定時株主総会では株主からTSMCの海外への工場進出についての質問が集中し、はじめて欧州進出についても質問が出された。

これに対してLiu会長は「各国政府が工場誘致を積極的に行っており、当社の現地生産を望んでいる。ドイツ政府からも工場誘致の話があり、真剣に検討を開始している。しかし、やはり重要なのは株主価値(の向上)と顧客の需要(の規模)次第である。現在、私たちはドイツの主要なクライアントと連絡を取りあって、ドイツでの工場建設がクライアントにとって最も重要で効果的かどうかを確認しているところである。今はまだ公表する段階には至っていない」と答えた。
さらに、Liu会長は、(経済産業省から強く要請されている)日本前工程工場建設については、日本での生産コストは、台湾に比べて非常に高く、このため、製造コストの差を縮めて(TSMCが)利益を上げられるようにするため、毎週、日本側と協議を続けていることを明らかにした。


Net Revenue by Geography

表1 TSMC売上高の各国・地域別シェアの変遷 出典:TSMC2021年第2四半期決算資料


売上シェア4%しかなく製造コストの高い日本に工場進出する不思議

TSMCの総売上高に占める米国企業からの売上額は5割台から6割台へと増えている(表1)。中国から売り上げも米国政府によるHuaweiへの禁輸措置で一時減少したものの、2割台に向けて回復基調にあるから、この2国にTSMCが工場進出するのは不思議ではない。特に、米国は、Apple, Qualcommはじめ半導体ファブレスIC設計会社が多数あるにもかかわらず、ほとんどがオフショア(米国本土から見て海外)に製造委託しているから、ファウンドリを米国本土に誘致したがるのは当然だろう。

しかるに、ファブレス売上高の世界シェア1%以下の日本は同シェア64%(IC Insights調べ)の米国の真似をする理由はない。しかも、TSMCの日本企業からの売上額は4%しかない(つまり顧客が極端に少ない少なく)。減りこそすれ増える見込みもなく、製造コストが非常に高く利益が上げられそうにはない日本に工場進出することは、常識的にはあり得ないが、日増しに実現しそうになってきたのは、経済産業省の粘り強いというか執拗な誘致によるところが大きい。Liu会長は先の株主総会で、海外進出は、株主価値を上げる、つまり利益を上げて株主に還元できる場合に限られると株主に明言していた。

経済産業省や誘致協力者は、工場運営の赤字補填を求めているTSMCに対してどんなおいしい優遇策を提供するのだろうか。日本政府が外資をそこまで優遇することは、日本の半導体産業復興に、そして日本の国益にどのようにつながるのだろうか(参考資料2)。前回も投げかけたこの疑問に満足のいく答えはまだ得られていない。


1. TSMCジャパン3D IC研究開発センタ―株式会社:登記書類上は、2021年3月12日に資本金5万円で設立登記されている。7月に5億5500万円に引き上げられた。代表取締役は蓼徳堆氏=TSMCアドバンスドパッケージング テクノロジー&サービス担当VP兼務。
本社は、横浜みなとみらい地区のTSMC日本法人と同じ住所。9月に、経済産業省が用意した産業総合研究所スーパークリーンルーム(茨城県つくば市)で総事業費の半分を経済産業省が負担し20社を超える日本企業と協業開始予定。

参考資料
1. 服部毅「TSMCの2021年第2四半期業績、売上高は過去最高も純利益は過去最高に届かず」 マイナビニュースTECH+ (2021/07/19)
2. 服部毅「国家ビジョンなき半導体政策では日本を救えない:まず何をすべきか」、セミコンポータル (2021/07/02)

Hattori Consulting International代表 服部 毅

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