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日本政府の半導体企業誘致の本命はTSMCではなくIBM/Intelだ!

IntelのCEOであるPat Gelsinger氏は、先月初めに、ひそかにプライベートジェット機で来日し、日本政府関係者らと面会した模様である。来日することも誰と会うかも事前にも事後にも一切公表されておらず、マスコミにも気づかれずに何事もなかったようにあっという間に次の訪問国であるインドへ飛び去った(参考資料1)。

Gelsinger氏は、自身のSNS(Twitter)で日本訪問には、いっさい触れなかったのにもかかわらず、4月6日夜にインドでNarendra Modi首相と面会したことは写真入りで即座にツイートした。これに対してModi首相は、「Gelsinger氏のインドに対する楽観視に敬意を表する」とのリプライを即座に寄せている。インドではModi首相が陣頭指揮して半導体工場誘致に乗り出しており、2021年12月15日に総額1兆2000億円にのぼる半導体産業補助制度を閣議決定し、Intelを含む世界の有力半導体メーカーにインド進出を要請しているから、どんな話し会いが行われたかは想像がつくだろう。

Gelsinger氏の極秘来日の背景はなにか?

それでは、Gelsinger氏の極秘来日の目的は何だったのだろうか?
Gelsinger氏の極秘来日の目的を探るために、まずは日本政府関係者の過去の「半導体産業の国際連携」に関する発言を振り返ることにしよう。

「日本が米インテル、台TSMCを誘致、半導体『国内回帰』の驚愕計画」というスクープ記事が週刊ダイヤモンド・オンライン版に載ったのは、今から2年前の2020年5月11日のことだ。経済産業省官僚からのリークと思われる内容だった。当時、Intelは、オレゴン州のD1X(開発・試作ファブ)で開発中だった7nm CPUの試作段階での歩留りが長期にわたり低迷し量産できるレベルにほど遠く、社内での製造をあきらめて外部のファウンドリに生産委託するかどうか、Bob Swan CEO(当時)が悩んでいた時期だから、日本からの要請に耳を貸す余裕は全くなかっただろう。TSMCも米国政府の要請で先端半導体工場の米国内建設の検討をしていたから、同社の売り上げのたった4%しか占めていない日本への進出も即座に断ったようだ。

半導体の失われた30年を反省し海外工場誘致?

昨年6月に、経済産業省は「半導体産業戦略」を発表したが、その際、梶山経産大臣(当時)は「半導体は国の命運を握る。半導体の失われた30年を反省し、半導体政策を大きく転換する」と述べた。何を反省したかというと、「従来の自前主義を改めて、海外半導体工場を誘致する」(自民党半導体戦略推進議員連盟会長甘利明議員)という。甘利議員は「半導体を制する者が世界を制する」とさえ述べた。

経産省は、嫌がるTSMCを、巨額補助金をちらつかせて説得し、同社のつくばへの3D-IC研究開発センターに続いて、昨秋、ついにTSMCファブの熊本への誘致に成功した。筆者は、TSMCの進出は経済合理性の見地から絶対にありえないと思っていたが、世界情勢が「地獄の沙汰も金次第」になってきて、今後はあらゆる可能性は否定できないと痛感した。

萩生田経済産業大臣は、昨年12月の衆議院予算委員会で、「失われた30年」の原因となった過去の経済産業省(経産省)の半導体に関する諸政策を真摯に反省しなければならぬと述べ、「日の丸自前主義というべき国内企業再編に注力してしまい、有力な海外企業との国際連携を推進できなかった」ことの反省を踏まえて海外企業を誘致する方針を説明した(参考資料2)。萩生田大臣の総ざんげにより、野党とのまともな議論もなく、経済産業省の巨額半導体関連予算が原案通り可決された。

熊本の28/22nmプロセスには政府資金を投じる意味がない?

また、自民党の甘利明議員は、昨年末に東京で開催されたSEMICON Japan 2021の基調講演(参考資料3)にて「20nmレベルのソニー向けイメージセンサチップが熊本で生産出来てよかったねと言うことで終わりにしてはいけない。10年前の28/22nm技術に政府の資金を投入しても意味がない。それをどうやって進化させるかが大切である。どうやってTSMCを10nm台まで引き込むかがこれから考えねばならぬ課題である」と述べていた。

更に、甘利氏は、「日本は米国企業 −今はこの場で企業名は明らかにできないが− と協議しており、その最先端半導体技術を引き込んで、日本の強みの製造装置・材料技術を生かしてポスト2nmのハイエンドの最先端ファウンドリを日本国内に設置し、ミッシングピースを埋めなければならない。そのためには、今後10年間に7兆円から10兆円規模の資本投入が必要である」と述べていた。甘利議員は、この件で駐日米国大使とも話あっていることも明らかにしていた。

翌朝に多くの新聞は、甘利議員の「半導体投資には今後10年間で7~10兆円必要だ」との談話を大きく載せたが、「(TSMCが熊本へ持ってくる)10年前の技術に政府の資金を投入しても意味がない」という発言をきちんと載せたのは、筆者の知る限り電波新聞(2021.12.16付け)だけだった。甘利議員は、経済産業省の28nmレガシー工場誘致政策を批判したと思った聴衆もいたようだが、実はそうではない。

その後、TSMC熊本(正式な名称はJapan Advanced Semiconductor Manufacturing:JASM)へデンソーが少額出費することにより16/12nm FinFETプロセスを追加することが2月15日に発表されていたが、まさに甘利議員の描くシナリオ通りの展開だ。


(2) Step 2 : 次世代に向けた日米連携 / 経済産業省2022年1月6日公開資料

図1 経済産業省の半導体産業の復活戦略第2段階 出典:経済産業省2022年1月6日公開資料


「半導体産業の復活戦略」にIBM/Intelが登場

一方、経産省 商務情報政策局情報産業課長である西川和見氏は、今年1月に東京で開催されたINTERNEPCON Japan 2022の基調講演(参考資料4)にて、経産省が1月6日に発表したばかりの「半導体産業の復活戦略」(参考資料2)の第2段階のシナリオとして、「次世代技術開発に向けた日米提携」を挙げ、提携先として具体的にIntelやIBMの名前を出した(図1)。この段階で「日米連携による次世代半導体技術基盤の強化」に関しては、つくばの産業総合研究所ですでに始まっている「Beyond2nmプロセス開発」に向けた国家プロジェクトIBM/Intelに参画してもらうなど、日米連携による次世代半導体技術開発をさらに強化していく」と話した(編集室注1)。

経産相がIBM訪問して協業打ち合わせ

萩生田経産大臣は、5月連休を利用して渡米し、ニューヨーク州の州都オルバニーにあるIBMの先端プロセス研究開発用300mmラインを視察し、EUVリソグラフィ装置を見学した(図2参照)。さらに、同氏は、IBMのダリオCTOらと会談し「日米が一体となって、最先端領域の研究開発・製造能力確立の取り組みを推進していく」と述べた。すでに420億円の予算がついて採択されている東京エレクトロン/キヤノン/SCREEN/産総研による「Beyond 2nmプロセス開発」は、EUV露光装置を持たぬ上に、3社の装置並べてもこの陣容では成功しないのは自明なので、IBMから技術導入してつじつま合わせをするのだろう。研究はこれでよいとしても、Beyond 2nmファブへのシナリオはまだ出来ていない。


経済産業省2022.1.6.公開資料

図2 米国のIBM施設でEUV露光装置の説明を受ける萩生田経産大臣(通路中央でマスク姿) 写真の左端にAS(ML)の文字が見える 出典;経済産業省Twitter 2022年5月4日

これらの話を踏まえれば、Gelsinger氏と日本政府要人との今回の会談内容はおおよそ想像がつくであろう。甘利氏のいう「Beyond2nmファブ誘致」はだいぶ先を想定しているようなので、Gelsinger氏と一回だけ面談したからといってすぐに計画が動き出すというわけではなかろうが、甘利氏の思惑通りに事態が進行しているように見える。

しかし、「失われた30年」を反省しているという割には、日の丸半導体勢がDRAMからシステムLSIへの事業展開にことごとく失敗した際にさんざん指摘された「"how to make"ではなく"what to make"が重要」という過去の反省はすっかり忘れられているような気がしてならない。
(本稿は2022年5月5日時点の情報に基づいており、状況はその後変化している可能性がある)

参考資料
1. 服部毅、「IntelのGelsinger CEOが極秘来日、その後インドと台湾を歴訪」、マイナビニュースTECH+ (2022/04/12)
2. 服部毅、「経産省の日の丸半導体復活戦略、過去の失敗を繰り返すな!」、セミコンポータル (2022/02/01)
3. 服部毅、「日本政府が目指す今後10年間の半導体国家戦略、甘利氏が語った2つの課題とは」、マイナビニュースTECH+ (2022/02/21)
4. 服部毅、「経産省が打ち出した日本半導体復活に向けた基本戦略」、マイナビニュースTECH+ (2022/01/31)

Hattori Consulting International 代表  服部毅

編集室注
IBMが2nmプロセスのトランジスタを開発した時、パートナーとしてIntelとSamsungの名前を出している。この時点ではIBMはPower 10チップの製造をSamsungファウンドリに依頼していたが、実際に2nmプロセスでICを作る将来の時点で、日本にファウンドリがなければSamsungが製造することになる。

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