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史上最高売上・利益を更新し続けるTSMCの魏哲家会長が今後の戦略を語る

台湾TSMCは、去る1月16日に決算説明会を開催し、2024第4四半期および2024年通年の売上高、純利益ともに史上最高を記録した。そして、今年も25%前後の成長を予測していることは多くのメディアが報じた。実際は、業績データの発表だけではなく、そのあとに、魏哲家(C.C Wei)会長兼CEOが機関投資家の質問に答える形で様々な話題について語っている(参考資料1)。ほとんどのメディアが紙面の制約で報じていない内容をここに要約して再現し、TSMCの今後の戦略を探ってみよう。

魏哲家(C. C Wei)CEO / TSMC

図1 TSMC会長兼最高経営責任者(CEO)の魏哲家(C.C.Wei)氏 出典:TSMC


TSMCの米国展開は計画前倒し

「⽶国では、2020年5⽉にアリゾナ⼯場プロジェクトを発表する以前から、TSMCは、⽶国政府と⻑年にわたる良好な関係を築いている。⽶国の顧客や⽶国連邦政府、州政府、市政府から強いコミットメントとサポートを受けており、大きな進歩を遂げている。

以前のエンジニアリング ウェーハ⽣産の成功を基に、アリゾナ州の最初の⼯場(TSMC Fab21 Phase1)の⽣産スケジュールを前倒しすることができた。最初の⼯場は、台湾の⼯場と同等の歩留まりでN4(4nm)プロセス技術を活⽤し、2024年第4四半期にすでに量産を開始している。アリゾナ州の⼯場でも台湾の⼯場と同じレベルの製造品質と信頼性を提供できると確信している。 アリゾナ州における第2および第3⼯場の計画も順調に進んでいる。第2工場への装置搬入も始まっており、2026年内に量産開始を予定している。第3工場建設も間もなく始める予定だが、近日中に公式に発表する。これらの⼯場では、顧客のニーズに基づいて、N3、N2、A16 などのさらに⾼度なテクノロジーを順次適用していく」(Wei 会長)。


米国で最先端製造を行えない事情

「最先端プロセスを用いた製造⼯程は⾮常に複雑であるから、台湾のR&Dセンターの研究者に⾮常に近いところで行わざるをえない。そのため、⽣産開始の初期段階は、常にR&Dに近い⼯場から始めて、生産初期に発生する問題を洗い出している。したがって、プレミアム製品に先端プロセス採用を希望する米国顧客には、最先端プロセスに次ぐ技術ノード(N-1)を提供してゆく」(同氏)。

(著者コメント)トランプ大統領は、台湾製半導体にも高関税をかける構えなので、TSMCは、製造コストの高い米国での先端半導体を増産せざるを得ない状況にある。2月には取締役会を初めてアリゾナで開催し、米国での今後の方針や戦略を議論するという。


アリゾナ工場の製造受託費は高い

「米国のコスト構造のせいで製造受託料⾦が台湾よりは高くなってしまう。アメリカ製はみな顧客のプレミアム製品であるので、私たちは顧客と話し合い、全顧客がTSMCと価格の面で割増料金に合意してくれている」(同氏)。

(著者コメント)米国だけではなく、日本(熊本)も欧州(ドイツ)での製造コストも、台湾の製造コストより高くなってしまうが、顧客から割増料金を徴収することで話がついているという。


TSMCの日本展開も順調

「⽇本では、中央政府、県や地⽅⾃治体からの強⼒な⽀援のおかげで、⾮常に順調に進捗している。熊本の最初の特殊技術(Specialty Technology)⼯場は、⾮常に良好な歩留まりで、 2024年末に量産を開始した。2番⽬の特殊⼯場の建設は今年開始する」(同氏)。

(著者コメント)過去の決算説明会で言及のあった第3工場については、今回、機関投資家からの質問がなく言及はなかった。熊本県知事は熱心に誘致しており、以前は、地元住民の環境に関する懸念が解消したら検討すると答えていたが、今は、第1工場の順調な立ち上がりと第2工場建設開始の時期の決定で会長の頭はいっぱいだろう。


欧州工場建設も順調

「ヨーロッパでは、欧州委員会、ドイツ連邦、州、市の政府から強いコミットメントを得ており、⾃動⾞および産業⽤途に重点を置いた特殊技術⼯場をドイツのドレスデンに建設する計画が順調に進んでいる。台湾では、台湾政府からの⽀援を継続的に受けており、先進技術とパッケージング能⼒への投資と拡⼤に取り組んでいる」(同氏)。


3nmに続き2nm量産は今年後半

「当社の 3nm 技術に対する数年にわたる堅調な需要を踏まえ、当社は台南サイエンスパークの3nm⽣産能⼒を継続的に拡⼤している。さらに、顧客からの強い構造的需要に対応するため、新⽵サイエンスパークと⾼雄サイエンスパークの両⽅で2nmファブでの両案準備を進めている。さらに、台湾の複数の場所で⾼度なパッケージング施設を拡張している。当社のN2(2nm)および A16(1.6nm)テクノロジーは、エネルギー効率の⾼いコンピューティングに対する飽くなきニーズへの対応において業界をリードしており、ほぼすべてのイノベーターがTSMCと連携している。スマートフォンとHPCアプリケーションの両⽅が後押しし、最初の2年間の2nmテクノロジの新規テープアウト数は、最初の2年間の 3nm および 5nm の両⽅を上回ると予想している。N2は、N3E と⽐較して、同じ電⼒で10〜15%の速度向上、または同じ速度で30%の電⼒向上、および 15% を超えるチップ集積度の増加という、フルノードのパフォーマンスと電⼒の利点を実現する。N2は、N3と同様の⽴ち上げプロファイルで、予定どおり2025年後半の量産に向けて順調に進行している」(同氏)。


N2に続きN2PそしてA16を量産

「継続的な機能強化戦略の⼀環として、N2ファミリの拡張としてN2Pも導⼊する。N2Pは、N2に加えて、さらなるパフォーマンスと電⼒の利点を備えている。N2PはスマートフォンとHPCアプリケーションの両⽅をサポートし、量産は2026年後半に予定している。

スーパー パワー レール (SPR) を搭載したA16もすでに発表した。TSMCのSPRは、⾰新的なクラス最⾼の裏⾯電源供給ソリューションであり、ゲート密度とデバイス幅の柔軟性を維持し、製品のメリットを最⼤化する新しい裏⾯メタルスキームを業界で初めて取り⼊れている。N2Pと⽐較すると、A16は同じ電⼒でさらに8%〜10%の速度向上、または同じ速度で15%〜20%の電⼒向上とさらに7%〜10%のチップ集積度向上を実現する。A16は、複雑な信号経路と⾼密度の電⼒供給ネットワークを備えた特定のHPC製品に最適である。量産は 2026 年後半に予定している。N2、N2P、A16 およびその派⽣製品は、当社の技術リーダーシップの地位をさらに強化し、TSMCが将来に向けて成⻑の機会を獲得することを可能にすると確信している 」(同氏)。

(著者コメント)Samsung, Intelとも3/2nmプロセスの製造歩留まりが低迷し、Intelは、3nmCPUをTSMCに丸投げし、1.8nmに注力しているが、こちらも歩留まり低迷がうわさされ、ファウンドリ事業の身売り話さえ出始めている。そんな中、TSMCの2nmは、すでに7割近い歩留まりで、予定通り、今年後半に量産開始するという。さらに、2026年比は1.6nm (A16) プロセスでの量産も始めるという。こうなると、TSMCの一人勝ちとなる可能性が高い。


IntelのようなIDMを買収しない理由

「(TSMCが経営不振のIntelを買収するのではないかとのうわさを魏哲家会長が否定している理由を機関投資家から問われて)IDMは私たちの重要な顧客であり、競争相手ではない。TSMCの重要なビジネスパートナーを買収することはあり得ない」(同氏)と答えた。

(著者コメント)Intelの製造部門(現Intel Foundry)は、長年にわたり低歩留まりから抜け出せずにおり、同社製品事業部門は、新製品のCPUチップをIntel Foundryではなく、次々とTSMCに製造委託しており、今後もこの傾向が続くとWei会長は見ているようである。


米国のAIチップ輸出規制の影響

「これまでのところ、まだ分析はしてはいないが、第⼀印象はそれほど重要ではなく、管理可能なものと思われる。つまり、当社の顧客は許可申請を米国政府に出しており彼らは許可されるだろうと確信している」(同氏)。


シリコンフォトニクスの量産

「TSMCは、シリコンフォトニクスにも取り組んでおり、非常に良い結果も出ている。顧客も満足している。しかし、今年中には量産は実現しないと思う。量産までにはおそらく1年か1年半は待つことになるだろう」(同氏)。


TSMCにとって有利なエッジAI

「エッジAIについては、私たちの顧客はより多くのニューロ処理を回路内部に導入し始めている。そのため、シリコン面積は1年に5%から10%増えると予測している。
しかし、今後、シリコン面積は毎年5%から10%も増え続けるだろうか?間違いなく違っており、彼らは次のノードに移行していかざるを得ないだろう。それはTSMCにとって有利なことである。それだけでなく、製品の買い替えサイクルも短くなる。というのも、AI機能を搭載した新しい電子機器が登場すると、誰もが買い替えを望むからである。このように、エッジAI チップの生産量は毎年5%は増加するので、当社にとって有利である」(同氏)。

参考資料
1. 「TSMC2024年第4四半期決算資料およびテレコンファレンス資料」、(2025/01/16)

Hattori Consulting International代表、国際技術ジャーナリスト 服部毅
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