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イノベーションの推進が企業成長のための最良の戦略

技術コンサルタントの仕事の一環として、共同研究のマッチングを目的に大手企業の研究部門幹部を伴って産業技術総合研究所を訪問したとき、数々の優れた研究成果をあげているグループリーダーから聞いた話である。彼が研究成果をウェブ上で発表すると一番先に飛んでくるのが韓国の企業だという。一方、日本企業からの打診はほとんどなく、過去に付き合いのあった企業を回って丁寧に技術紹介を行っても、ほとんど反応がないという。この話を聞いて昨今の日本企業の元気のなさに改めて危機感を持った。

シリコンカーバイド(SiC)の結晶成長法「ステップ制御エピタクシー」と呼ぶ高品質エピタキシャル結晶の製造方法を1987年に世界で初めて開発した元京都大学教授の松波弘之氏(現京都大学名誉教授、JSTイノベーション京都館長)の話(注1)である。松波氏が76年から1年間、客員准教授として米ノースカロライナ州立大学へ行ったとき、同大学のデイビス(R. Davis)教授からの要請でSiCの研究について紹介した。デイビス教授はその後もSiCの研究を続け、彼の下で博士号を取得した大学院生4名が中心となって87年にSiCのベンチャー企業クリー・リサーチ社(Cree Research Inc.、現クリー社)を立ち上げた。その同じ年にSiC「ステップ制御エピタクシー」を開発した松波氏は国内企業に共同研究を呼び掛けたがどの企業も振り向かなかった。松波氏は93年に実際のデバイスとして耐圧1000V以上のSiCショットキーダイオードを世界で初めて実現したが、それでも日本企業からの反応はなかった。

一方、独インフィニオン社のプロジェクトマネージャRoland Rupp博士は松波氏が発表した研究成果を基に独自にSiCの研究を続け、2001年にSiCショットキーダイオードの世界初の商品化を実現した。国内でSiCショットキーダイオードを初めて市販したのはロームで2010年になってからのことである。現在では三菱電機、日立製作所、富士電機、パナソニック、住友電気工業などが松波氏と協力関係にあるという。新しい研究に対する日本企業の反応の悪さはなにも今に始まったことではないようである。

2011年2月19日の読売新聞(注2)に「日本、GDP3位転落・・・・でも」のタイトルで次のような文章が載っていた。『「日本人はくじけてはならない」---シンガポールの有力紙ストレーツ・タイムズ(17日付)は、日本が技術革新を続け、優れた製品やサービスを生み続ける限り、「今後もずっと尊敬される国であり続ける」との東京特派員のコラムを掲載した。』というのである。日本のGDP(国内総生産)が中国に抜かれて3位に落ちたことに対する同情的な文章のようにも見えるが、日本が本来持っていたイノベーション力を発揮し続けてほしいという日本に対するエールであると読みたい。

イノベーションの最近の例として、米アップル社の「iPod」、「iPhone」、「iPad」という一連の商品群を挙げても異論はないと思う。その最初の製品である携帯型音楽プレーヤ「iPod」が2001年11月に世界一斉に発売されたが、これをみた大手電子機器メーカーの幹部が「技術的に難しくないから、自社でもすぐできる」と言ったという話が伝わっている。事の真偽のほどはわからないが、この幹部には「iPod」の目に見えるところ(ハードウエア)だけしか見えていないようである。

「iPod」を実用化する上での最大のブレークスルーは、実装技術などのハードウエアの面ではなく音楽配信サービス「iTunesミュージックストア」を実現した点にある。しかも自社のパソコン「マッキントッシュ」向けだけではなく、マイクロソフト社の「ウインドウズ」内蔵パソコンにまで対応している。単に音楽配信用のソフトウエアを開発しただけではなく、音楽配信に絡む著作権の問題を解決しなければ音楽配信サービスは実現できない。事実、アップル社は著作権絡みの多くの訴訟に直面したが、それを乗り越えてきた。

アップル社の関連でいえば、サプライチェーンを完全に自家薬籠中のものとしているようである。米AMR Research社が2010年6月にサプライチェーンの業務改革を評価する世界のトップ25社を発表(注3)しているが、このランキングによるとアップル社が3年連続の1位を維持している。因みに2位以下15位までの企業は、2位P&G社、3位シスコシステムズ社、4位ウォルマート社、5位デル社、6位ペプシコ社、7位韓サムスン社、8位IBM社、9位RIM社、10位アマゾン社、11位マクドナルド社、12位マイクロソフト社、13位コカコーラ社、14位ジョンソン&ジョンソン社、15位ヒューレットパッカード社となっている。

サプライチェーンといえばトヨタが1970年代に開発した「カンバン方式」が有名で、全世界の優良企業が一斉にトヨタ詣を行ったほどである。しかし、先の世界ランキング25社の中にはトヨタを含めて日本企業の名前が1社もないことに首を傾げていたところ、ある記事が目にとまった(注4)。その記事によるとトヨタが構築したサプライチェーンは自社工場内だけに限定された受注生産方式であり、サプライチェーンの中に下請けの部品製造企業は含まれておらず、その下請け企業では反対に見込み生産、在庫、即納対応コストなどが増えているという。

アップル社が作ったサプライチェーンのシステムは「GDV(Global Demand Visibility)」と呼ばれる方式で、全店頭における1個ずつの製品の販売数量と在庫をリアルタイムで把握し、販売予測を立て工場の生産計画を作成し、必要部品の発注を行う全体を可視化した管理方式を実現しているという(注5)。

筆者がことあるごとに言い続けてきたイノベーションの重要性をここで再度述べたい。世界中から求められるモノやサービスを作り続けることによって日本の経済成長を実現し、結果としてGDPを伸ばしこれからも日本が世界において存在感を示し続けるのがわが国の成長戦略の基本中の基本だと思っている。ここでいうイノベーションとは革新的な大発明だけではなく、シュンペーター氏(注6)が「新結合」と呼ぶ新しい製品の開発、新しい生産方式、新しい販売方法、新しい仕入方法、新しい組織なども含めた広い意味を持っている。

アップル社の成功事例を見るまでもなく、どこも手掛けていない新マーケットを開拓し、新しい製品とサービスを創造する必要性のあることは論を待たない。日本の企業には今まさに自社が提供できる価値を自ら作り出す努力が求められている。理屈はわかっていてもスティーブ・ジョブズ氏がいない企業ではどうすればよいのかわからないかもしれない。これを実現するための一つのアプローチとして「プロデューサー型の戦略開発部門」の作り方を紹介したい。

必要な時に適時3人から5人程度の戦略企画部門を立ち上げる。構成員はなるべく違う分野から集め、リーダーはその会社のOBで現在でも社外で仕事をしていて会社に対する思い入れがあり、かつ社外の空気も知っている人物が望ましい。企画テーマは全社単位でも、事業部単位でも部単位でもよく、これから開発しようとするモノやサービスの川上から川下までのシナリオを作り上げる。製品の単なる仕様を決めるのではなく、その製品はどのようなユーザーがどのような場面でどのようにして使いたいと思うのか、そのためにはどのような製品が要求されるのかを議論し、ある程度の製品イメージが固まれば、その製品を開発するためのアプローチ(どこまでを自社開発し、外注はどうするか、どこかと共同開発をするか等)、販売方法や販売ルート、外部委託、宣伝方法なども含めて議論をし、具体的なイメージを固めていく。会社に対する愛着のある従業員やOBがいる日本企業ならではの利点を活かすことができる。

光和技術研究所 代表取締役社長 禿 節史(かむろ せつふみ)




注1 松波弘之(インタビュー)「低炭素社会支えるシリコンカーバイド デバイス実用化への道を切り開く」産学官連携ジャーナル、Vol.6, No.12, pp.5-12, 2010.
注2 「日本、GDP3位転落・・・・でも」2011年2月19日付読売新聞朝刊
注3 "The AMR Supply Chain Top 25 for 2010" (2 June 2010)
注4 吉田繁治「グローバル・デマンド・ビジビリティが、わが国産業の再興のキーポイント」、ビジネス知識源2011年1月20日号
注5 「デジタル進化論 変わる競争条件(2)」2011年1月4日付け日本経済新聞朝刊
注6 シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter)(1883年―1950年):オーストリアの経済学者。「経済発展の理論(上)(下)」(岩波文庫、1977年)などの代表作があり、新結合によるイノベーションを提示している。

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