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姿を現わしつつある米国のDX:5G・IoT・APC ・Industry 4.0 (1) 5Gとは何か

デジタルトランスフォーメーション(DX)が国内外で叫ばれている。IoTを駆使して業務改善や生産性向上、働き方改革などを進める手段として期待が大きいからだ。この大きなテーマを米国はどう進めているか、米国在住でAEC/APC Symposium Japanの前川耕司氏がその一端をレポートしている。長大なため連載形式で寄稿していただく。その第1回は5Gを巡る米国の状況である。日本の5Gは、米韓中と比べ遅れている、という声を聞くが、誤りである。日本は、ガラパゴス化と言われた3Gでの失敗を避けるため、世界と歩調を合わせて進めている。米国での5Gの最新状況を前川氏がレポートする。(セミコンポータル編集室)

著者:AEC/APC Symposium Japan 前川耕司

はじめに

米国で、デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation:DX)と呼ばれる、大規模な技術変化が姿を現わしつつある。今、地平線の彼方に姿を現し始めた変化は、米国で再び大きな社会構造の変化をもたらすような予感がする。今後10年という長きに渡る変化の始まりだという声も聞く。いや、10年どころではない、100年に一度くらいの変化だという人もいる。筆者が隠棲するワシントンDCの深い森に囲まれた郊外の一角でも、その兆しを具体的に見るようになった。

今回、AEC/APC Symposium Japan, およびACW Coating Inc.の御厚意をうけ、DC5G (Washington DC)、IOM(Internet Of Manufacturing, Dallas Texas), IMA/APC(Advanced Process Control, San Antonio Texas)という、一連のカンファレンスに出席し、 多数の人々と交流する機会を得た。技術的な内容のみならず、ビジネス的な見解、政治的な見解、職業人としての将来のキャリアについての考え、いろいろな声を聞いた。

この間、プレゼンタのみならず会話を交えた人は50名を超え、目を通したプレゼンテーション、レポート類は2,500ページを超えている。筆者の力量を持って、これらの内容を全て、網羅することは不可能である。可能な範囲で内容をお伝えしたいと思う。みなさんの将来へのキャリアの一助となれば誠に幸いである。

目次
第1部 5G:羽ばたき始めた翼
1-1. DC5Gとは:政府と企業、政治と技術との接点
1-2. 5G技術普及のロードマップ
1-3. ファイバ、ファイバ、そしてファイバ:社会的インフラの構築
1-4. 交通信号コントロール、自動運転, 半導体開発、そしてネットワーク:スマートシティへの道
1-5. 技術とセキューリティ:国家と民間企業
1-6. カネとモノを通じて見えてくる未来 :Digital Transformationの道のり
第2部 IOM (Internet Of Manufacturing) とIndustry 4.0:軋みをあげる巨人
第3部 IMA/APC: 模索する技術集団
第4部 未来への道

第1部 5G: 羽ばたき始めた翼

2019年初春、米国の通信企業(AT&T, Verizon, T-Mobile, Sprint)は、一斉に5G技術に基づく、高速通信サービスの開始を発表した。ニューヨーク株式市場は、好感を示し、その後、これらの会社の株は、高値傾向を示す。一例としてVerizon社の株価の変化を図1.1に示す。米国の資本は、この分野のもたらす変化に関心を示しているのだ。

図1.1 Verizon社の株価、出典:Google.com

図1.1 Verizon社の株価、出典:Google.com


なぜ、5Gがこれほど騒がれるようになったのだろうか?4Gの携帯電話やWi-Fiのどこが不便なのだろうか?このような疑問が心をかすめないわけではない。米国では2019年から、5Gサービスはブロードバンドに対して開始されているのであるが、その時点ですでに、データや画像のダウンロードが大変スムースになったと実感できるだろう。

しかし5Gの実力は、IoT (Internet of Things) の登場によりさらに発揮されてくる。この段階になると、携帯電話、ラップトップ、家電、クルマ、工場の装置等から、情報をネットワークに高速で送り込み、さらにネットワークより高速で取り出すことが可能となってくる。後述するが、米国において、IoTへのアプリケーションの標準化は、2020 年に完了し、民間においてサービスが開始される。いわば、本番の始まりが、2020 年なのだ。

それでは、5Gと4Gとでは、どんな違いがあるのだろうか? 簡単に触れてみる。Sprint社はレイテンシ, 速度, カバレージ, 容量, 密度の5点について、次のように述べている (図1.2, 1.3)。


5G is dramatically different than previous generations

図1.2 5G技術の特長 出典:Building the NextGen Network , Tim Johnson, Sprint


Legacy networks weren't designed to handle the demands of the future

図1.3 次のステップに備える5G 出典:Building the NextGen Network , Tim Johnson, Sprint


・レイテンシ (遅延) ----- 4Gでの現在の遅延時間は、約60msecである。5Gは20msecを実現する。20msecは、人間が認識するギリギリの遅延時間と言われている。5Gでは、10年以内に2msecまでの低遅延時間化が可能と聞く。電話で話をしていて、遅延が感じられなくなればいいじゃないかと考える方もおいでかと思う(筆者がそうだ)。工場や手術の現場では、ロボットが多用されている。さらなる遅延時間短縮は、VR(Virtual Reality、仮想現実)やAR(Augmented Reality, 拡張現実)を使って遠隔操作をするような現場では、大切な点となってくる。遠隔操作ロボットを使用した手術時に、ドクターの手元の狂いを案ずることはなくなる。工場の中では、マジックハンドを使う場合や、製造ラインでロボットが掴んだり離したりする操作が、より精密になるだろう。ARを使ったゴルフ練習では、現実感が増して、もっと腕が上がるかもしれない(才能によるかもしれない?)。

・速度----- データ転送の速さは、10倍以上になると言われる。大量のデータをアップロード、ダウンロードする際にも、イライラしなくなるだろう。

・カバレージ----- 4Gでは、接続対象は静止しているか、または近距離を移動する特定の対象物である。スマホを使っている時、高層ビルの谷間などでは、接続が困難な場面があるというご経験をお持ちかと思う。5Gは、高速で動き回る対象でさえ、ネットワーク内で感知して、多数の対象物の常時接続を可能にする。

米国では5Gで、スモールセルと言われる、ミニタワーともいうべき小型の装置を街中の街灯に至るまで設置して、死角をなくすように配置していく。スモールセルに使われている半導体は、携帯電話に限らず、他の多数のデバイスを対象に同時接続を可能にする。

現在のWi-Fiは、米国では2.4GHzと5.8GHz(日本は5GHz)の周波数域のみを使用する。これに対して5Gでは周波数域は、1GHz以下のローバンド、1GHz - 6GHzのミッドバンドから、24GHz以上のミリ波と言われるバンドまで、広範囲にまたがる。高周波数になればなるほど、速度いわゆる情報の伝達速度は増すが、接続距離は短くなってしまう。また、電磁波が360度の放射状ではなく指向性が増していく。低い周波数域では、接続距離がミリ波より長くなるが、速度がミリ波ほどではない。指向性も少ない。これら低周波、高周波の特性を組み合わせて、死角をなくして、高速で移動する対象物への常時接続を実現する。自動運転には欠かすことのできない特性だ。車の運転中、携帯電話での話に夢中になっても、クルマは勝手に安全運転をする時代が来るのかもしれない。

・容量----- 5Gの容量 (10Mb/s/m2) は、4Gのそれ (0.1Mb/s/m2) に比べ最大100倍程度までが見込まれる。5Gは、4Gより非常に多数の対象物を同時に接続することができる。4Gでは、4個のトランシーバを基本単位として使いMIMO (Multiple Input Multiple Output) 技術を達成した。5Gでは、マッシブMIMOと呼ばれる64個のトランシーバを基本単位として使う。マッシブMIMOは、ミッドバンドからミリ波までの異なる周波数域を同時にネットワークへ接続することを可能とする。IoTのような、多数の対象物を同時に扱うことが可能となる。

・デバイス密度------ 4GのDensity (105 Devices/km2) に比べ、5Gでは106 Devices/km2が可能としている。4Gでは、接続対象が、密に存在するようなところ、例えば、満員電車の中、フットボール競技場などでは、接続はしているものの、通信できない(情報がダウンロードできない)という問題が出ている。5Gになると、携帯電話、ラップトップだけでなく、ウエラブル端末、移動していくクルマ等、接続対象物が高い密度で存在するケースも問題なく接続し通信できる。

まとめると、5G技術の世界では、対象物とネットワークの接続が、極めて多数にして、極めて高速に行なわれる。また、接続可能な場所も広範囲なり、死角もなくなる。遅延も短時間となり、遠隔操作の動きを伴う装置(例えばロボット)への使用範囲が大きくなる。5Gはネットワークと対象物とを接続するための技術だ。5G技術によって、従来とは次元の異なる大量の情報が同時に対象物からネットワーク内部に流れ込み、そこから、別の対象物に移動していくことが可能になるのだ。

以上、5G技術の特徴とも言える点を述べてきた。しかし、本稿の目的は、5G技術の解説ではない。米国で5G技術を存分に使った社会を実現するためのいわば、“仕掛け”を述べることにある。次回より、裏舞台とも言える仕掛けにつき述べたい。

(続く)

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