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IoT・ナノテク論文の少なさ、これで良いのだろうか?頑張れ、日本!

縁あって「IoTの概論」を外国からの客に説明することになった。客と言ってもITを専攻している学生、院生、研究者達である。当方はLSIの製造技術に関しては、少しはわかるものの、IoTに関してIT専門家の前で話ができるレベルでは到底ない。今更ITを専攻している来客に「IoTとは」でもあるまいと思い、日本のIoTの活動状況の例を紹介することにして、資料収集と共に、恥ずかしいながら付け焼刃でIoTの論文を読み漁った。その印象を2点ほど以下にまとめたい。

まず日本を代表するIT企業のIoTに関するカタログに、英語版が少ないのに驚いた。インターネットで集めたカタログや資料を、ただ文字ばかり追う机上の勉強ばかりでは不安だった。ちょうど2018年5月9〜11日に東京ビッグサイトで開催された第7回IoT/M2M(春)展(参考資料1)や2018年4月4〜6日に開催された第2回AI・人工知能EXPO(参考資料2)を見学して、各企業や国研のブースを巡り、ブース前の10分セミナーなども聴講しながら、説明員にいろいろ教えて頂いた。「これはIoT概論説明にちょうど良いな」、「わかりやすく迫力あるパネルだな」と敬服するものほど、「英語版はありますか」と質問すると、「英語版はない」とか「この展示会に合わせて作ったのでまだパンフレットにも載せていない」という返事が多かった。

それではと、説明用スライド作成に当たり、集めたカタログを抽出して自分で英訳を始めたが、技術用語や定義が、これまた各社で微妙に異なることがわかった。例えば「データやファイルを転送するに当たり、途中で外部に漏洩したり、あるいは欠損したりすることなく、安全に転送する」という日本文の「安全」の意味は、「データやファイルを完全な形で転送する」という意味なのか「盗聴されぬよう、またハッキングされないようセキュリティを確保しながら転送する」という意味なのか、つまり端的に言えばcompleteなのかsecureと訳すのが適切なのかと悩んでしまう。当初、前後関係からは前者だと思ったが、いくつかの論文を読み進む内に、どうも勉強熱心なカタログ製作者は英文論文でよく使われる「secure」が初めから念頭にあって、それに対応する日本語の「安全」という言葉をカタログに使ったのではないかと思い当たり、secureと修正した次第である。

また「エッジ」と書いてある所もケースバイケースで、文字通り「インターネットの末端部」(参考資料3)としての意味で使われる場合と、「エッジサーバー」、「エッジコンピューティング」としての「エッジ」として使われる場合もある。しかもその「エッジコンピューティング」にも現在のエッジサーバーでのコンピューティングを更に進めたクラウドコンピューティングのような使い方をする場合 (参考資料4)など、さまざまである。更にまた「エッジノード」と書かれている場合もある。専門家なら何でもないことなのだろうが、付け焼刃的な素人の勉強では単純な英訳さえ難しい。あらためて筆者の浅学を恥じたものだが、前記展示会の会場では外国語の会話も多く聞かれたので、是非ウェブサイトでも海外に通じるよう、また国富につなげるためにも、英文パンフレットも用意してもらいたいと思った。その点、日立製作所のIoTプラットフォーム「LUMADA」は英語のweb(参考資料5)も用意されており、そこには英語の動画も組み込まれていて大変参考になった。

第2に驚いたことは、この分野で当然広く読まれているだろうと思われる学術誌IEEE Internet of Things Journalに、日本からの論文が他国に比較して著しく少ないことである。あらためて言うまでもなく、IEEE(参考資料6)は米国電気電子学会で、会員数でも世界最大の学会である。IEEE Internet of Things Journal誌はその学会の専門誌として、2014年2月に創刊されて比較的若い歴史を持ち、IEEE Sensors Council、IEEE Communications Society、IEEE Computer Society、そしてIEEE Signal Processing Societyが共同スポンサーになっている。一般にこのような新しい学術誌の場合、reviewやsurveyの論文が多いため、まとまった勉強をする者にとっては大変ありがたい。


図1 IEEE Internet of Things Journal誌掲載の論文数の推移

図1 IEEE Internet of Things Journal誌掲載の論文数の推移


図1は創刊号から最近までの同誌掲載論文数の推移である。特集号などの巻頭言は一般には論文の内には入らないが、この学術誌の場合はその特集を組むに至った背景などが数ページにわたって丁寧に記述されていることが多いので、ここでは解説資料としてそれも論文にカウントした。2014年2月から2016年4月までは、10件程度の論文数の学術誌として推移していたが、2016年6月以降、急速に論文数が増加し現在に至っている。この傾向はIoT市場の推移を示す他の諸数値の動向(参考資料7)とも一致する。

この推移の内、図1の赤い直線で示した範囲、即ち直近1年間の論文265件における筆頭著者の所属機関を国別統計にして示したのが図2である。挿入図ではそれを円グラフにして国別の割合を示した。中国(32.1%)と米国(20.4%)で過半を独占し、シンガポールまでのトップ10で全体の80.6%を占めている。日本は3件(1.1%)でOthers(その他)の中に入っており、挿入図には国名として出てこない。しかも3件の内、筆頭者が日本人の論文はわずか1件である。


図2 IEEE Internet of Things Journal誌Vol.4(No. 3), (2017)〜Vol.5(No.2), (2018)における掲載論文265件の筆頭著者所属機関の国別統計

図2 IEEE Internet of Things Journal誌Vol.4(No. 3), (2017)〜Vol.5(No.2), (2018)における掲載論文265件の筆頭著者所属機関の国別統計


驚かされるのは投稿国別の広がりである。図2の棒グラフではトップ10のシンガポールの後に香港、フィンランド、ポルトガル、ブラジルが同じ件数で続き、その後に日本を含むドイツ、スウェーデン、イランのグループが出てきて、以降アイルランドからパキスタンまで、およそGDPとは無関係に世界的な広がりを示している。但し理由はわからないが、ロシアからの投稿論文が1件も見受けられないのは、政治的な意図があるのか、異様にさえ感じる。

この学術誌の掲載論文の特徴は、いわゆる通信や計算の「方式」の論文が多いためか、そのページ数は10ページを超えるものが多く、半導体プロセスデバイスの論文に比較して、長文である。従って英語に長じていないとなかなか書けないのは理解できる。一方、プロセスデバイスの論文の「実験」に相当する部分が、ケーススタディであっても論文としてパスするようである。その点、大学の情報科学系の院生などにも論文としてまとめやすいと思われる。そのためか情報科学科のある世界中の大学から投稿されているので、このように投稿機関の国の広がりを見せていると考えている。

そこで気になるのは、日本からの論文数の少なさである。新しい産業の広がりが見られるとき、世界中が競い合う場に、かつての「電子立国日本」がこのような状態で良いのであろうか。

IoTでは現在も技術開発は急速に進んでおり、Network Pathに関してSoftware-Defined Networking技術などもsurveyされている(参考資料8)。日本でも既にNTT ドコモにより商用導入されている(参考資料9)。またコンピューティング技術に関してはNetwork Functions Virtualization技術(参考資料10)の議論も進んでいる。つまり効率よく通信経路を選ぶ技術や、バーチャル技術を活用してサーバーの空きスペースを活用してコンピュータの有効活用を図ろうという技術の議論がなされている時代である。

先にナノテクの場においても、IEEE Transactions on Nanotechnology誌で、同様に先端技術分野で日本の論文掲載数が少ないと報告(参考資料11)した。今回もそれに似た現象で、本当にこれで良いのであろうかと、「電子立国日本」を夢見た老兵として首をかしげざるを得ない。

現在半導体産業は好況と聞く。DRAMのMicron社の売上高営業利益率は28.86%である(参考資料12)。また電子部品メーカーも同様で、それに対応して日本の半導体製造装置メーカーや素材メーカーも好調である(参考資料13)。この好況がIoTなどに起因するとしたら、IoTインフラに使うIT企業や電子デバイス企業のみでなく、製造機器メーカーや素材メーカーが潤うのも理解できる。しかし注意しなければならないのはIT企業や電子デバイス、そして電子部品企業は直接IoT市場と関係する位置にあるが、半導体製造装置企業や半導体素材企業はもう1段上流になるので、IoT市場状況からは少し遠い位置にある。後者は日本の力がまだ残っている業界なので、ぜひ顧客の顧客までを睨んだマーケティングを怠らぬようにお願いしたい。

その意味で前記IoT/M2M展に我が国の代表的な半導体製造装置企業である東京エレクトロンのグループ会社の一つである東京エレクトロンデバイス社がブースを構えていた(参考資料14)のは大変心強く思った。何度も機会あるごとに書いているし、正に釈迦に説法であるが、マーケティングの重要性を忘れないようにして、日本企業にもますますの発展を願っている。

謝辞:常日頃自己研鑽の機会を頂き、ご指導頂く武田計測先端知財団唐津理事長はじめ財団職員の皆様に感謝します。またいつも原稿のご査読を賜る元NECの工藤修氏とセミコンポータル編集長津田建二氏に御礼申し上げます。


武田計測先端知財団プログラムオフィサー

東京大学大規模集積システム設計教育研究センター

客員研究員

東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻

非常勤講師

鴨志田元孝

参考資料
1. 第7回IoT/M2M展(春)
 公式ウェブサイト
2. 当日の詳細
3. IT用語辞典では「通信ネットワークのうち、外部のネットワークとの境界部分や、端末などが接続されそれ以上先が無い末端部分のことを「ネットワークエッジ」(network edge)あるいは単にエッジという」と記載されている
4. J. Pan, “Future Edge Cloud and Edge Computing for Internet of Things Application,” IEEE Internet of Things J. vol.5 (No. 1), pp-439-449 (2018)
5. 例えばhttp://www.hitachi.co.jp/products/it/lumada/global/en/about/index.html
6. 例えばウイキペディアIEEE
7. 例えば田中善一郎, “巨大な「モノのインターネット」市場、シリコンバレー企業よりも老舗企業が主導?,”図3、図4(2015年07月02日 21:54)
8. 例えばS. Bera, S. Misra, A. V. Vasilakos, “Software-Defined Networking for Internet of Things: A Survey,” IEEE Internet of Things J. vol. 4 (No.6), pp. 1994-2008 (2017)
9. 岡崎裕介, 北出卓也, 吉田泰輔, “NFVを実現するためのSDN技術の導入,” NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル vol.24, pp.28-34 (2016)
10. 例えば“Network Functions Virtualisation (NFV)”、Network Functions Virtualisation – Update White Paper Issue 1、(2013)
11. 鴨志田元孝, “技術者、研究者の層を厚くする方策を望む,” セミコンポータル 2016年6月14日の本文図
12. 例えば米国株式状況MORNINGSTAR Micron社 2017年度指標
13. 例えば朝日新聞デジタル版にレーザーテック社岡林社長のインタビュー記事が掲載されている。(2018年2月5日17時24分)
14. 東京エレクトロンデバイス(株)のニュースリリース (2018年4月25日)

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