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検証が必要な国策2nmファウンドリRapidus社の技術戦略

ベルギーimecの年次イベント「ITF World 2023」が2023年5月16〜17日、同国アントワープにあるベルギー最大のエリザベスホールに約2千名の参加者を得て開催された。そこで、2nmロジック国策ファウンドリとして2022年に設立されたRapidus社の 小池淳義社長(図1)が、「Scaling Moonshot (微細化に向けた挑戦的な大きな計画)―半導体技術および製造革新を通して人類の真の繁栄を探る旅」という壮大なタイトルで、Rapidusの技術戦略を初めて明らかにした(参考資料1)。

ITF World 2023 / 服部毅撮影

図1 imecがベルギーで開催したITF World 2023のイベント 出典:服部毅撮影


その後、北海道でも5月22日にRapidusの技術戦略を日本で初めて紹介した(参考資料2)。詳細は、これらの資料を参照していただくとして、簡単に同社の戦略をレビューした上で、それを検証してみよう(注1)。

小池氏は、下記のような造語を散りばめて、Rapidusの新たな戦略を説明した。

Rapidus(ラピダス):
英語のRapidのラテン語にあたるRapidusを社名にした。同社は短TAT(英語ではShort Cycle Timeというべきか)を売りにしたファウンドリビジネスを目指している。

DMCO:
現状の微細化では、「DTCO(Design Technology Co-Optimization)」と呼ばれる回路設計・プロセス技術同時最適化手法が欠かせない。このためには、「DFM(Design For Manufacturing」が広く活用されてきた。これに対してRapidus は、設計と製造の同時最適化であるDMCO (Design Manufacturing Co-Optimization)を目指すという。

MDF:
DMCOを実現するため、AIとセンサを活用して製造工程で得られたビッグデータを活用して設計の効率化をはかる「MFD(Manufacturing For Design)」という概念を取り入れる。Rapidusでは、オール枚葉処理に際して、1枚ごとにさまざまビッグデータを収集することでバッチ式と比べ100倍ものビッグデータが得られると主張している。これらのデータを設計側にフィードバックすることでMDFが可能となり、 PDKにおけるプロセスマージンや設計マージンを広げられると主張している。

RUMS(ラムス):
現在は設計・製造・OSAT(パッケージング)の水平分業が主流だが、同社はそれぞれの間に立ちはだかる壁を取り払い、設計・ウェーハ工程・パッケージングを一体化した「RUMS(ラムス;Rapid & Unified Manufacturing Service )」という新形態で運営し、開発効率とスピードを向上させるとともにコスト削減を図るという。顧客が商品企画を立てさえすれば、あとは、Rapidusが設計から製造・パッケージングに至るまで一気通貫で受託するサイクルタイム短縮の新たなビジネス形態だという。これを新たに「Integrative Co-Creation」と呼ぶのだという。

IIM(イーム):
従来、半導体製造棟はファブと呼んでいたが、Rapidusでは、ファブとは呼ばずにIIM (Innovative Integration for Manufacturing:イーム)と呼ぶという。新製造棟は、オール枚葉処理や完全自動化やグリーン化に注力しており、従来のファブとは差異化を図るという。

果たして差異化図れる新概念だろうか?

小池氏は、新概念には新語が必要とばかりにさまざまな新語を連発していたが、はたして差異化を図れる、つまり利益を上げられる新概念なのかどうか、丁寧な検証が必要だろう。製造装置からセンサで収集したビッグデータを、AIを活用して多変量解析しフィードバック/フィードフォワードする仕組みは先端半導体工場ではもはや常識化している。識者に伺っても、DMCOはDTCOそのものとの見解が多い。

RUMSというのは、もはやファウンドリではなく、IDMへの逆戻りのようにも見える。いわば「商品企画無きIDM(設計+製造+パッケージング)」は、はたして勝ち残れるビジネモデルだろうか。昔の日本のIDMのイメージと被る。ファブレス・ファウンドリモデル(あるいは仮想IDMモデル)の良さが生かされないようにも映る。半導体人材不足の中で設計からパッケージングまで幅広く高度な人材を集められるのだろうか。(編集注1)

筆者は、かつてSEMI Technology SymposiumのDFM(Design for manufacturing)セッションで「回路設計と製造の壁が高いのは、DFMで結びついたファブレス・ファウンドリではなく、むしろ同じ社内に設計と製造を抱えた日本のIDMだ」という趣旨の講演をDFMの専門家の前で行い賛同を得た(参考資料3)。かつてのIDMでは、設計と製造が責任のなすりあいをしたり、しがらみに縛られる姿を何度も経験したり目撃したりした。
RUMSが果たして設計と製造に立ちはだかる壁を取り払えるのだろうか。

北海道の講演では、Rapidus千歳工場の第1棟の建設から稼働までのスケジュールが示された。それによると、起工は2023年9月1日、装置搬入は、2024年12月開始、稼働開始は2025年4月 を予定しているという。装置搬入から稼働開始まではわずか4ヵ月しかない。ちなみに、TSMC熊本工場(JASM)は、2023年9月竣工で稼働開始は2024年末予定だから、装置搬入・立ち上げは常識的に1年以上かけている。Rapidusでは、全く未経験のEUV露光装置搬入・立ち上げも行わねばならない。TSMCもSamsungもIntelもEUV露光をまともに使えるようになるまで数年を要している。IBMからライセンスを入手したからと言って、2nm量産技術を入手できるはずもなく、垂直立ち上げですぐに試作開始とはいかないだろう。

今後、実際にサービスの提供開始までにビジネスモデルがどのようにブラッシュアップされていくかを注目していく必要があるだろう。

筆者注釈
1. もっとも、講演の際に使用したRapidusの戦略を示す重要な図面は、同社が掲載を許可しないため、いずれの参考資料にも含まれてはいない。Rapidusは、官民共同投資で工場建設すると思いきや、設立に関与した民間8社は工場建設に投資せず、日本政府の出資(つまり税金)に全面的に依存しているようで、すでに昨年700億円、今年2600億円を受給し、来年はさらに増え、政府出資は総額で数兆円に及ぶようである。まるで国営企業である。それなら納税者にきちんと戦略を説明し、資金の使途を明確にし、検討資料も提供してパブリックコメントを生かすべきだろう。

参考資料
1. 服部毅、「Rapidus小池社長がITF World 2023で語った2nm半導体の受託戦略」、マイナビニュースTECH+ (2023/05/31)
2. 「北海道における次世代半導体プロジェクト説明会及び工事計画等説明会」、北海道庁次世代半導体産業立地推進ポータルサイト配布資料 (2023/05/22)
3. 服部毅、「2015年セミコンジャパン・SEMI Technology Symposium PDF Session招待講演発表図面」、同シンポジウム講演資料集、 SEMI (2015/12)

国際技術ジャーナリスト 服部毅

編集注
1. ファブレス・ファウンドリモデルは、少量多品種のSoC(システムオンシリコン)を低コストで作るためのビジネスモデルとして生まれた。少量でしかも設計がより複雑になったため、IDMの工場では採算が合わず、設計はファブレスで、製造はファウンドリで分担するというビジネスになった。ファウンドリ形態だと1社からの注文だけではなく数十社からの注文を受けられるから採算がとれる。最近では、大量生産のスマートフォン用のAPU(アプリケーションプロセッサ)でさえもファブレス・ファウンドリモデルで生産されている。少量多品種SoCを従来のIDMで採算の合うビジネスとさせた例は全くない。Rapidusがそれをできるという根拠はどこにあるのだろうか。

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