「またトラ」に振り回される中台の半導体産業
ドナルド・トランプ氏が米大統領に復帰することが決まった。世界全体が「またトラ」に緊張感を高めるなか、半導体業界で最も影響を受けそうなのは米中ハイテク摩擦の最前線に立つ中国と台湾だろう。中台の半導体関係者の間では、すでに2025年1月の第二次トランプ政権発足を見越した動きが出始めている。
半導体に限定すると、トランプ氏復帰への警戒感は中国より台湾の方が強いようだ。これはトランプ氏が選挙期間中に複数回にわたり、「われわれの半導体ビジネスを盗んだ」と台湾の半導体産業を名指しで批判したことが大きな理由だ。トランプ氏は台湾製を含むすべての輸入品に10%の一律関税をかけることも主張している。
半導体のファウンドリとファブレスでそれぞれ世界最大手である台湾積体電路製造(TSMC)と米Nvidiaがウィンウィンの関係にあることや、それらの国際分業は自由貿易が前提であることを全く理解していない。台湾側の関係者でなくとも頭が痛くなるが、具体的にはTSMCが総額650億ドル(10兆円弱)を投じて米アリゾナ州で建設している3工場の行方が最大の焦点となっている。
アリゾナ工場はTSMCが2020年5月、1期目のトランプ政権の要請に応じて建設を決めた。ポンぺオ国務長官(当時)がこの工場は戦闘機「F35」向けの人工知能(AI)チップを生産すると語るなど、米安全保障に直結するプロジェクトだ。その後、バイデン政権下で第3工場までの建設が決まり、第1工場は25年前半に量産に入る見込みとなっている(表1)。
表1 TSMCの海外工場建設計画 出典:日本経済新聞電子版の2024年8月20日公開記事をもとに作成
直接の懸念は、トランプ氏が米政府によるアリゾナ工場への補助金支給の根拠となる米CHIPS・科学法に「ひどい取引だ」と異議を唱えてきたことだ。バイデン政権が22年8月に施行した同法を「(TSMCなど)金持ち企業が(米国)進出するために、何十億ドルもの資金を提供した」と批判。米国が関税を引き上げさえすれば、補助金や税控除を提供しなくても、TSMCは米国内に半導体工場を建設せざるを得なくなると主張していた。
アリゾナ工場の事業計画を根底から覆す乱暴な発想だが、11月15日に事態が動いた。米商務省が「この数十年で初めて米国の工場が最先端チップを生産することになる」というバイデン大統領の声明とともに、66億ドルの補助金支給を最終決定したと発表したのだ。発表文にはTSMCの魏哲家董事長も歓迎のコメントを寄せており、いわば「滑り込みセーフ」で決着した格好となった。
台湾企業ではシリコンウェーハで世界3位の環球晶円(GlobalWafers)がテキサス州とミズーリ州で工場建設を進めるなど、TSMC以外のメーカーも米政府が目指す半導体生産の国内回帰に参画している。台湾は米中ハイテク摩擦で米国側に立つ姿勢を鮮明にしているがゆえに、トランプ氏復帰のあおりを直接受けかねない状況にあるといえる。
一方の中国に対しては、トランプ氏は現時点でも高い関税を60%まで引き上げる意向を示している。中国メーカーの対米輸出が激減しかねないが、中国製品全体への措置であるためか、今のところ半導体に絞った「またトラ」への考察は少ない。その中では、中国の独立系の半導体調査会社である芯謀研究(ICワイズ)が11月6日に公表した簡略な分析リポートが参考になる。
表2 トランプ次期大統領復帰中国半導体に与える五つの影響 出典:中国・芯謀研究が2024年11月6日に公表した分析リポートより作成
5項目からなるリポートは主に関税ではなく、米政府が2018年春から段階的に強めてきた半導体関連の対中制裁に焦点を当てている。2期目のトランプ政権は22年10月7日にバイデン政権が科したGPU、HBMなど最先端ICの対中輸出・技術移転の禁止を維持し、技術進歩に応じて条項を追加・補完していくと予測している。
さらに、トランプ政権は現時点では先端技術が中心である制裁対象を成熟技術まで無差別に広げる可能性があると警戒。中国製品への関税が実際に60%に高まれば、最終製品への影響も大きく、中国の半導体産業はサプライチェーン(供給網)の変化に対応せねばならないと警鐘を鳴らしている。
リポートは一方で、24年1〜6月の中国からのIC関連輸出が5427億4000万元(約11兆5000億円)と前年同期比で25.6%増加したことなどを例示し、「米制裁は期待した効果を挙げていない」と主張した。今後の制裁強化には欧州、日本、韓国など同盟国のさらなる協力が欠かせないものの、トランプ政権が関税引き上げで同盟国との関係を損なえば実現困難だと指摘している。
リポートは最後に、米国内における半導体製造の衰退は止められないものの、トランプ政権がハイテク覇権を守るため、対中制裁を極端な手段で強化する恐れがあると分析。「中国の半導体産業は長期的な苦闘に備え、あらゆる困難に対処する覚悟を持つ必要がある」と締めくくっている。
このリポートは中国の官営メディアや公的研究機関にありがちなイデオロギーむき出しの米国批判ではなく、トランプ復帰の影響を冷静に見定めている。芯謀研究は地方政府などと半導体振興で連携しており、中国の半導体産業は2025年以降、こうした「トランプ観」に沿って国産比率の拡大などを続けていく公算が大きい。
米国と中台の関係は一般に、米中が接近すれば台湾が割を食い、逆に米台が接近すれば中国が怒る「ゼロサムゲーム」であることが多い。ところが、「またトラ」は中台双方の半導体産業が同時に被害を受けかねない珍しい事例に当たる。情勢判断は難しくなるが、米中台のいずれとも関係が深い日本の半導体産業は2025年以降、感度を一段と上げて観察を続ける必要がありそうだ。