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世界先進ロジックファウンドリの中で一人勝ちのTSMCの戦略を読み解く

米Intelと韓Samsungは、先端ロジックデバイスの製造歩留まりが低迷し、大口顧客をほとんどつかめない上に、最先端プロセス開発のための研究投資や設備投資が巨額化し、ファウンドリ事業が赤字に陥っている。一方、TSMCは、先端に位置する5/3nm製品が売上の過半を占め、来年以降の量産開始に向けて2nm試作も順調のようで、過去最高収益を挙げて一人勝ち状態にある。そんなTSMCの戦略を読み解くことにしよう。ただ、その前にライバルの戦略を簡単にレビューしておこう。

Intelは1.8nmで復権目指すも巨額赤字が累積

Intelが、他社から投資を受けやすいように子会社として分離したIntel Foundryは、最先端ロジック開発のための投資金額がうなぎのぼりの中、3/2nmデバイスが低歩留まりで大口顧客をほとんどつかめず、売上高を伸ばせない上に、社内の製品事業部も3/2nm CPUを自社ファウンドリではなく、台TSMCに製造委託する始末で、2024年第3四半期(7-9月期)3カ月だけで営業損失が58億ドル(約9000億円)に達している(参考資料1)。同社は、すべての物的および人的資源をIntel18A (いわゆる1.8nm)に投じて挽回を図るとしているが、はたして成功するか否かは未知数だ。


Samsung はAIメモリで復権目指しファウンドリ事業縮小

Samsung Electronicsは、HBMでライバルのSK hynixに大きく後れを取り、さらには先端プロセスの歩留まり低迷で、ファウンドリビジネスが赤字状態に陥っている。10月8日、第3四半期業績暫定値発表の際、同社の半導体部門責任者である全永鉉氏(Samsung副会長)が株主や顧客、従業員に業績低迷を謝罪する異例の事態となった(参考資料2)。このため、平澤事業所の先端ファウンドリライン(P2, P3)の半分を稼動停止してクリーンルームをシャットダウンした。さらには3割の従業員の早期退職を募集しており、場合によっては指名解雇も辞さないと韓国メディアは伝えている。 海外でも各国の社員を1〜3割削減している。Samsungは、他社に先駆けて、3nmからGAA(ゲート・オール・アラウンド)FinFETを使用し始めたが、この複雑な構造を量産するのは相当難しい。

同社は、半導体開発部隊のいる華城(ファソン)キャンパスの「S3ライン」に2nm生産ラインを設置するため、先進的な設備の設置を開始し、来年第1四半期にも少量生産を開始するという噂も一部にはあるが、公式発表は一切なく、真相は闇の中だ。

Samsungは、HBMなどのAIメモリで、ライバルのSK hynixに大きく後れを取っており、資源をAIメモリ増産に集中的に投じる戦略のようである。


売上高も利益も過去最高を更新するTSMC

そんな中で、TSMCには、先端ロジック、とりわけ生成AIチップの生産委託が集中しており、第3四半期の売上高、利益とも過去最高を記録した。さらに直近の2024年1‐10月の累積売上高は前年同期比31.5%増と絶好調である。3nm製品の量産は順調に増えており、第3四半期に全売り上げの2割を占めている。2nm製品を来年にも量産するメドが立っている。


TSMC October Revenue Report / TSMC

表1 TSMCの2024年10月の過去最高月間売上高と、これまた過去最高の1-10月累積売上高 出典:TSMC(11月8日発表)


TSMC会長が語った一人勝ち戦略

2024年10月に行われたTSMC第3四半期(7〜9月期)決算説明会でのTSMC 董事長(日本企業の会長に相当)兼CEOの魏哲家(C.C. Wei、シーシー・ウェイ)氏と機関投資家とのやり取り(参考資料3)をレビューして同社の一人勝ちの戦略を読み解くことにしよう。同氏は、去る6月に退任したMark Liu会長の後を継ぎ会長に昇格したばかりである。


AI需要は本物であり当分続く!

Q(世界規模の証券会社の機関投資家): 世の中のAI需要は本物でしょうか?つまり、持続可能な需要でしょうか、それともバブルでしょうか?
A:(TSMC魏哲家会長) AI需要は本物であると認識している。当社は、独自のチップを開発しているハイパースケーラーの顧客を含めて常に広範囲の顧客と接している。そして、ほぼ全てのAIイノベータがTSMCの顧客である。したがって、私たちは、ほかの誰よりも広く深い視野でこの業界を見ることができる立場にいる。AI需要は、まだ始まったばかりであり、当分続く見込みだ。

(著者コメント)AI需要は一時的な一過性のバブルであって間もなく終わるのではないかとの見解を一部の識者がメディアで述べているが、それに対してTSMCは反論している。ライバルのSamsung FoundryとIntel Foundryがともに先端ロジック開発で苦戦する中、先端プロセスを利用して製造されるAIチップのほとんどを生産受託しているTSMCは、AI業界の動向が手にとるように見えるという。一人勝ちだからこそ言える強気の発言だろう。


日米独で同時に半導体工場展開し世界制覇

Q: TSMCの海外工場進出戦略と現状は?
A: TSMC の使命は、今後何年にもわたって世界のロジック IC 業界に信頼される技術と生産能力の提供者になることである。当社の海外工場進出の決定はすべて、地理的柔軟性と必要なレベルの政府支援、それと顧客のニーズに基づいている。これは、株主の価値を最大化するためでもある。

日本の工場展開については、熊本の第1工場は全プロセス工程の認定を完了し、量産は2024年第4四半期より開始する。また、熊本第2工場の建設は、第1工場の隣接地に2025年第1四半期より開始し、消費者、自動車、産業、HPC関連の戦略的顧客をサポートすることを目指し、2027年末までに量産を開始することを目指している(図1)。


TSMC Fab23 / Jasm

図1 間もなく28/22nmマチュアデバイスの量産を開始するTSMC 熊本第一工場(日本ではjasm、海外ではTSMC Fab 23と呼ばれる) 出典:jasm


TSMC Fab21 / TSMC

図2 工事が続くTSMC アリゾナ工場(TSMC Fab21):完成した第1棟 (Phase1)と工事中の第2棟 (Phase2) 出典:TSMC Arizona


アリゾナ州では、米国の顧客や国連邦政府、州政府、市政府から強いコミットメントとサポートを受け、過去数ヵ月で大きな進歩を遂げた(図2)。アリゾナ州の各工場のクリーンルーム面積は一般的なロジック工場の約2倍になるため、3つの工場を建設する計画は、より大きな規模の経済の実現に役立つだろう。当社の最初の工場は、今年4月に4nmプロセス技術によるエンジニアリングウェーハ生産に入り、その結果は非常に満足のいくものであり、歩留まりも非常に良好である。これはTSMCと当社の顧客にとって重要な業務上のマイルストーンであり、TSMCの強力な製造能力と実行力を実証している。最初の工場での量産が 2025年の初めに開始し、アリゾナの工場でも台湾の工場と同レベルの製造品質と信頼性を提供できると確信している。2番目と3番目の工場では、顧客のニーズに基づいて、より高度なテクノロジーを活用することにしている。2番目の工場は2028年に量産を開始する予定で、3番目の工場は2030年までに生産を力る。

ヨーロッパでは、合弁パートナーである独Infineon Technologies、Bosch、蘭NXP Semiconductorsとともに、8月にドイツのドレスデンで工場の起工式を開催した。この工場は、12/16nm および 22/28nmプロセス技術を活用し、自動車および産業用アプリケーションに重点を置き、量産は 2027 年末までに開始される予定である。

(著者コメント)業績不振のIntelは、ドイツ工場の建設を2年凍結すると発表したが、この間にTSMCのドイツ工場の建設は進み、折からの欧州自動車産業不況で自動車工場の閉鎖が相次いでおり、Intelはドイツ進出をあきらめる可能性が高いかと欧州関係者はみている。TSMCは、経済産業省の誘致で、日本に第2工場に続いて、将来、第3および第4工場を建設する可能性があるようだ。TSMCは、ライバルを寄せ付けずに、先端ファウンドリ事業で世界制覇を狙っている。


2nm以降も高い需要で生産能力の増強も示唆

Q: 2nm (N2) や1.6nm (A16) プロセスの需要は、チップレットの普及で減るのではないでしょうか?
A: HPC業界のチップレットニーズは高いが、チップレットが普及したからといって2nmの生産量が減ることはない。N3と比べてもN2は高い需要があり、関心を寄せる顧客も増えている。このためN2はN3より多くの生産能力を準備する必要がある。また、A16はAIサーバ用チップとして魅力的で需要も高いためN2とA16の両方の生産能力の準備を進めている。

(著者コメント)これまた、最先端デバイス量産化の独走トップランナーの強気の発言である。ライバルが追い付くまでに(あるいは断念する前に)、いわば「創業者利益」で大儲けしてしまおうという作戦だろう。


顧客であるIntel Foundryは買収しない

Q: 米国のIDM2.0を掲げる企業(Intelを指す)あるいはそのファウンドリ事業を買収するつもりはありますか?
A: IDMを買収することに興味はない。その企業は、当社にとって重要な顧客である。

(著者コメント)10月末現在、シリコンバレーで、経営不振のIntel (あるいは子会社のIntel Foundry) をApple、Qualcomm,TSMCをふくむほかの半導体企業買収するのではないかとのうわさが流れている。TSMCだけはIntelを買収しないと明言している。英ARMは、Intel設計部門買収に失敗したという。TSMCは、プロセス技術力でライバルに圧倒的差をつけており、ライバルも顧客にしてしまう勢いであろう。


AI搭載PCやスマホに期待

Q: PCやスマートフォン向け半導体の今後の状況は?
A: PCとスマートフォンの台数成長は依然として1桁台前半である。しかし、より重要なのはコンテンツであり、各社はコンテンツに力を入れている。チップにAI機能がもっと搭載されれば、シリコン面積が最終製品のユニットの成長よりも速く増加する。この点でAI PCやAIスマホに期待している。

(著者コメント)AI PCやAI搭載スマートフォンが今後普及すれば、PCやスマホ顧客からの注文ウェーハ枚数が増え、更なる業績向上をもたらすとみている。


AIチップの先端実装の需要に追い付けない

Q: CoWoSの生産能力増強計画は?
A: 顧客のCoWoS需要は私たちの供給能力をはるかに超えている。そのため、私たちは一生懸命力産能力を2倍以上に増し、来年は更に倍増させるが、それでもまだ需要に追い付かないので、さらに増強すべく努力している。

(著者コメント)AIチップの需要急増で、CoWoSによる自社内での実装が間に合わず、自社のAdvanced Backend工場を台湾数ヵ所で増設するとともに、外部のOSATにも製造を委ねている。TSMCのアリゾナ工場は、近郊に建設中の米Amkorの先進OSATに実装委託するという。

参考資料
1. 服部毅、「Intelが発表した事業立て直し計画を検証する」、セミコンポータル、(2024/10/08)
2. 服部毅、「半導体業界2024年第3四半期決算、TSMCは四半期別で過去最高を記録もSamsungは副会長が異例の謝罪」、マイナビニュースTECH+、(2024/11/10)
3. TSMC 2024年第3四半期テレコンファレンス資料

Hattori Consulting International 代表/国際技術ジャーナリスト 服部毅
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